2012年1月29日 (日)

シネマ歌舞伎 『天守物語』

Flier_l_2泉   鏡花  作
戌井 市 郎 演出
坂東 玉三郎 演出 
平成二十一年七月歌舞伎座公演)
2012年1月21日全国公開

泉 鏡花の戯曲の中でも屈指の名作とされるこの作品は、白鷺城(姫路城)の最上階に異形の者たちが住むという伝説に由来します。
鏡花はこの伝説にその他の怪異譚を巧みに織り交ぜて、美しい異界の人と、この世の人間との恋物語を描きました。

             
白鷺城の最上階にある異界の主こと天守夫人の富姫(
玉三郎)が、侍女たちと語りあっているところへ、富姫を姉と慕う亀姫(中村勘太郎)が現れ、宴を始めます。
その夜、鷹匠の姫川図書之助(
市川海老蔵)は、藩主播磨守の鷹を逃した罪で切腹するところ、鷹を追って天守閣最上階に向えば命を救うといわれ、天守の様子を窺いにやってきます。しかし富姫に二度と来るなと戒められて立ち去りますが、手燭の灯りを消してしまい、再び最上階へと戻り火を乞います。
すると富姫は最上階に来た証として、藩主秘蔵の兜を図書之助に与えますが
、この兜から図書之助は賊と疑われ、追われるままに三度最上階に戻ってきます。いつしか図書之助に心を奪われた富姫は喜んで彼を匿いますが、異界の人々の象徴である獅子頭の目を追っ手に傷つけられ、二人は光を失ってしまいます。ともに死を覚悟のとき、そこへ名工の近江之丞桃六があらわれ獅子頭の目を修理しふたりに光がもどる。(
ちらしから

今回松竹はシネマ歌舞伎三部作として『天守物語』『海神別荘』『高野聖』を玉三郎主演で製作した。
高野聖』は博多座で舞台を観た。
以前シネマ歌舞伎はやはり玉三郎主演『ふるあめりかに袖はぬらさじ』を観たが、今回思ったのはやはり映画では平面的、舞台のあの空間にまさるものはないと痛感した。

原作戯曲・天守物語 ←このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫より

2012年1月27日 (金)

日帰りバスで 『奥球磨を訪ねる』

九州産交バスツアーくまもと再発見の旅 ~奥球磨を訪ねる~

奥球磨は国指定重要文化財の宝庫であった。

127_okukuma_001 球磨川鉄道(人吉・湯前間)多良木(たらぎ)駅で町の案内ボランティアさんを乗せる。
                  

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青蓮寺阿弥陀堂(しょうれんじあみだどうは、堂内の阿弥陀三尊像とともに国指定重要文化財
鎌倉時代(1295年)、上相良三代頼宗が初代頼景公菩提のため創建したもの。
所在地/熊本県球磨郡多良木町

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千光山生善院。(しょうぜんいん)江戸初期(1625)20代相良長毎が建立。
後に猫寺という呼び名で有名。観音堂は(国指定重要文化財)

所在地/熊本県球磨郡水上村                                                                                      猫寺の由来

127_okukuma_012 観音堂

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両側には猫

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八勝寺阿弥陀堂(はっしょうじ阿弥陀堂(国指定重要文化財)
所在地/球磨郡湯前町
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127_okukuma_025_3 ご婦人方がおられてお接待のおいしい漬物をいただいた。

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寺としては早く廃絶しこの阿弥陀堂だけ残り、地区で守られてきたようです。屋根が茅葺から瓦葺になり回縁が無くなるなど当初の形をくずしているが主要部材の残りはよい。室町時代後期(約500年位前)に建ちました。
堂内の厨子は桃山時代の作。厨子内の阿弥陀像は内部に墨書があって1490年につくられたものです。
説明書に

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城泉寺阿弥陀堂 (国指定重要文化財)
鎌倉時代前期(約780年前)に建立。明治になり寺はなくなったが阿弥陀堂や石塔は残った。
七重石塔、九重石塔 国指定重要文化財
所在地/球磨郡湯前町

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明導寺本堂みょうどうじほんどう)(国登録有形文化財)
教会風の外観の建物は大正十五年当時の五代住職が地域の文化の電動となるようにと設計。関東大震災の教訓を生かし耐震設計。  所在地/球磨郡湯前町 
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大田家住宅 (国指定重要文化財)
所在地/球磨郡多良木町
安政三年ころ建つ。焼酎を製造していた江戸時代の民家。
家造り規制が厳しい人吉藩は梁間三間以上は禁止。そのため鉤型に棟を伸ばす方法をとったもの。大田家は屋根を二箇所で折り曲げた「二鉤」と呼ばれる建物である。
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『マドレーヌ』 

Madorenu_002_2  13,4年前にDVDで楽しんだアイテム。
その頃は絵本が出ているのを知らず、もっぱらTVで放映されていたのを録画して見せていた。
古書店から手にいれた。
大人が読んでも楽しい。おだやかな気持ちと当時の明るい日々を思い出させてくれる。
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2012年1月22日 (日)

『あなたは誰?私はここにいる』

「あなたは誰?私はここにいる」  姜尚中著

Kan_002 二年に及ぶ日曜美術館での司会を通じて、わたしはもう一人の自分に会えた気がしてならなかった。それは、わたしにとってそれまで経験したことのない至福の時間であった。その時々の感動を活字にとどめておきたい。(あとがき)

まず巻頭は「一人の人間、一つの出来事、一冊の本、そして一枚の絵が、人生に計り知れない影響をあたえることがあります。私の場合そうした一枚の絵とはアルブレヒト・デューラーの自画像です」
その絵は「わたしはここにいる。おまえはどこにたっているのだ」と叩きのめすほどの衝撃を与えたとある。

その絵とは
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実際自分も初めて観る絵だったが、じっとみていると引き込まれる思いがするのはたしか。

その他多数の作品(絵に限らず)が解説されているがどうも私の心に触れるような説明がなかったように思う。うまくいえないが、曲がりくねった書き様で良くわからない感じ。そんなわけで無理にわかろうとして気持ちよく読み進むことができなくて時間がかかってしまったのも事実。これって鑑賞力、読解力にかける?

                                           

                                           

2012年1月21日 (土)

「終活」はじめますか

三年坂の蔦屋書店のカウンターで「エンディングノート」どの辺にありますかときくと、若い女店員さんは一瞬けげんな顔をして手元のファイルを見たがわからず、隣にいた先輩(らしい)男性にひそひそ聞いている。
そりゃわかんないよね。いきなりエンディングノートといわれてもぴちぴちのかわいこちゃんにはね。
選んだのはこれ。公開、非公開分けて保存できます。
CD ROMが1枚ついています。

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青・・・目に付くところに置くと入院などの時役立ちます。

   赤・・・財産、相続 秘密にしておきたい内容は金庫にしまって
       置けます。

ツレに「これ買ってきたから。書けるところから少しずつ書いていけばいいんだってよ」といって出す。ツレ「・・・・・・」

とにかくお願いしますよ。金庫の暗礁番号も知らないし

慌てふためくのはこまるから。(私にしろ、娘達にしろ です)
                           

                                           

ジャッキー・エヴァンコ/ドリーム・ウィズ・ミー

2010年アメリカの人気オーデション番組「アメリカズ・ゴッド・タレント」(あのスーザン・ボイルさんも記憶にあたらしい)第五シーズンに登場し、センセーションを巻き起こしたジャッキー・エヴァンコ 11歳。

1 星に願いを          Save0315

2 ネッラ・ファンタジア

3 祈り with スーザン・ボイル

4 誰も寝てはならぬ
歌劇 トゥーランドットより

5 エンジェル

6 私のおとうさん
歌劇 ジャンニ・スキッキより

7 サムホエア featuring バーブラ・ストライサンド

                  
8 オール・アイ・アスク・オブ・ユー
ミユージカル オペラ座の怪人より

9 オン・ブラ・マイ・フ(歌劇 セルセより

10 ラヴァーズSave0316

11 イマジネ

12 主の祈り

13 トゥ・ビリーヴ

14 ドリーム・ウィズ・ミー

2012年1月19日 (木)

紫のカリフラワー

Zatu_003 最近は街へでる楽しみがすっかりなくなって、しかし本屋には用があり久しぶりに出た。
帰りに鶴屋の地下へ。

野菜売り場のむらさき色のカリフラワーが目に付いた。
へぇ~、つい後ろのおばさまに声をかけてしまった。
「なんでしょうね、この色」「アントシアニン」とひとこと。
こちらではよほどのことがないかぎり声をかけることはない。なぜ?
というわけで黒豆の色。からだによさそう。
こんなカリフラワーはむこうにもあるか・・めずらしくもないか・・・と思いながら。
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二人きりの食卓ではなかなか消費できない。
で、火を通しておこうとそのまんまレンジではなく蒸かした。
あっという間に火が通る。

このみどりあざやかさは充分ご馳走です。

2012年1月18日 (水)

三角岳

里山あるき隊1月例会。宇城市三角町 三角岳407m

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岩に張り付くイワヒバの群生。今は休眠時期ですか。丸まっているような。
右はいきいきとしている時。『山の岩などにしがみついて自生しています。外観がヒバの葉に似ているのでこの名前がついたのでしょう。乾燥するとくるくると丸まって休眠します。雨が降ると元に戻ります』植物園へようこそ!より(写真も)。
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歩いた後はやっぱり温泉。お天気がよく寒の内とは思えない暖かい日で汗もかいた。のでなによりの不知火温泉です。しばらく忘れていた左ひざが痛くなり、それでも歩けないことはなかったが、嫌な感じ。やはりヒザサポーターをつけてくればよかった。たかをくくっていたのを反省。
以前体育館で筋トレを一緒にやったT氏は「僕は先生の言ったことを今も続けているよ、やらんと駄目だよ」と。またK氏は「僕はタイツはいてるよ。テーピングの原理のついたヤツ」とそれぞれ教えてくれる。
午後5時半には交通センターに戻る。

                                           

Save0314_2 2006年6月にも登っていて会報に自分の写真が載っていた。
隊長は今より細身、自分も今よりすっきりしている。
                  

5年半の歳月は・・・・・人を変えます。

                                        

                                            

                                          

                                          

                                         

                                          

2012年1月13日 (金)

映画 『源氏物語 千年の謎』

Save03131_2 監督  鶴橋康夫

原作 高山由紀子 「源氏物語 悲しみの皇子」

 

『源氏物語』はどうしてうまれたか・・・・。
平安王朝の時代。一条帝の心を娘の彰子(蓮佛美沙子)に向けさせようと企む時の権力者・藤原道長(東山紀之)は、紫式部(中谷美紀)に物語を書くよう命じる。その題名は『源氏物語』。その物語と物語を書く式部の現実が交錯してストーリーがすすむ。
*誰しも知っている物語、ではあるが・・・、主人公は桐壺帝と桐壺更衣(真木よう子)の間に生まれた第二皇子光源氏(生田斗真)である。
帝の寵愛を受ける桐壺更衣は、嫉妬心に燃える帝の正妻・弘徽殿女御(室井滋)によって殺害される。
絶世の美少年光源氏は宮中の女性たちの憧れの的だったが、母の桐壺に瓜二つの義理の母・藤壺(真木よう子:二役)への狂おしい思いを断ち切ることができずにいた。その苦しさから逃れるため、正妻・葵の上(多部未華子)、六条御息所(田中麗奈)、夕顔(芦名星)と、奔放に愛を求めて彷徨うのだった。
やがて、女の心の奥に潜む“嫉妬”という魔物に追いつめられてゆく光20111208104119_01_400_3 源氏。・・・・・

紫式部が書く『源氏物語』の虜になった一条帝(東儀秀樹)は彰子の元に通うことも多くなり、やがて帝と中宮彰子の間に男の子(後一条帝)が生まれた。
これによって道長の栄華 (この世をばわが世とぞ思ふ 望月の欠けたることもなしと思へば
は確固たるものとなり、紫式部の役目は終わるはずだった。
しかし何故か紫式部は『源氏物語』を書き続ける。式部のその物語に封じ込めたものは・・・・
20111208104120_02_400_2 道長の友人で陰陽師の安倍晴明(窪塚洋介)は、物語に没頭する紫式部に不穏な気配を感じ始める。
光源氏に心奪われる女性たちに深く嫉妬した御息所の修羅の心が、道長への思いを心に秘めた式部自身の心と重なり、生き霊となって現実と物語の空間を越え始めていたのだ。つまり御息所は式部のなりかわりか。
愛と嫉妬と憎悪にゆがむ紫式部の運命。安部晴明がその生霊を追う。やがて彼女はわが子が待つ田舎へと道長のもとを去る。
MovieWalkerから)

MEMO
時の帝一条帝は皇后定子が崩御される年の前年、道長のむすめ彰子が12歳で入内し中宮となり、道長のゴリおしで前代未聞の二后並立が実現した。12歳の幼い后であったから
父道長としては名の知れた才女たちを集めてしっかりガードさせた。紫式部、和泉式部、赤染衛門など当時有名で教養ある女性達を教育係として「女房」にスカウトした。

                                                                                        

                                                                                        

                                                                                    

2011年12月27日 (火)

映画 『山本五十六』

Save0310 原作・「聯合艦隊指令長官 山本五十六」 半藤一利
監修 半藤一利
監   督 成島 出 
特別監督 佛田 洋
特別協力 山本義正(五十六氏長男)

真珠湾攻撃によって太平洋戦争の火ぶたを切って落とした戦略家であると同時に、誰よりも開戦に反対する立場を主張した山本五十六の半生を描いたドラマ。

戦争スペクタクルやメッセージ性の強い反戦映画とは一線を画している。
実話ではあるが映画であるからエンターテインメント性が加味されている。 


昭和14年の夏。2年前に始まった支那事変が泥沼化しつつあった。
陸軍が日独伊三国軍事同盟の締結を強く主張する中、海軍次官の山本五十六、海軍大臣の米内光正、事務局長の井上成美は、信念(自由、合理主義の良識派として海軍三羽烏とよばれた) を曲げる事なく同盟に反対の立場をとり続けていた。

日本がドイツと結べば、何倍もの国力を持つアメリカと戦争になる。それだけは何として避けなければならないと考えていた。
だが世界情勢は急転、第二次世界大戦が勃発してしまう。米国との戦争が避けられないと判断した日本は真珠湾攻撃の直前に米国に宣戦布告を行い、ハワイに集結している米軍の機動部隊を先制攻撃で叩くシナリオを実行。
結果的にワシントンで米国政府に宣戦布告の親書が渡ったのは攻撃の1時間後だった。
そのため「日本軍によるだまし討ち、テロだった」という汚点を残した。
また不幸なことにアメリカ軍太平洋艦隊の空母郡は真珠湾に停泊していなかった。
私には奇襲ということが理解できないでいたが、宣戦布告が手違いで間に合わなかったということは私の胸の中で少しは救いとなった。

真珠湾攻撃からすぐミッドウエー攻略を展開するがこの頃にはアメリカ軍は暗号解読に成功しており大敗する。ガダルカナルで戦い、司令部はラバウルに進出する。
長官は昭和18年4月18日ラバウル基地から部下の制止をことわり前線視察に出発、ブーゲンビル島の上空でアメリカの戦闘機の銃撃により即死した。


映画とは関係ないが、山本提督は1919~1923年、ハーバード大学に学び1925~1928年駐米日本大使館付となり知米派とみられていたが、米国側からみれば、親交を深めていたスパイであり先制テロ攻撃の首謀者という見方である。(鳥飼研究室WEBによると)

                           
珍しく同伴で出かけた。一人で出かける心算であったが、お昼の用意がなく一緒に行き「壁の穴」でランチをとり映画を観ることが出来ると算段した。
じいさんの終わって出てきての一声は「音が大きくてかなわん、それに椅子に固定されて座るのもラクじゃない」。 とはいうものの「役所広司の山本五十六はよかった」という。私も好演だったと思う。
以前阿川弘之著「井上成美」を読んだことがあり、井上は退官後横須賀長井の山中に隠棲し、英語を教えていて、清貧な暮らしであったことを知ったが、この映画を観て「井上成美」と「山本五十六」がつながったことはよかった。

                          

                                

     

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