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2008年12月

2008年12月30日 (火)

水前寺もやし

Buil_0302 今年も店先に並んだ水前寺もやし。

熊本の伝統野菜。暮れの一時期に並ぶ。
正月の雑煮用なので出回る期間は短く12月26日頃~大晦日までスーパーなどで。

江津湖の冬場でも暖かい湧水を利用して、大豆を25cm~30cmの大型のモヤシにしたもの。
カリウムなどのミネラル類、食物繊維などが豊富という。

 大豆は熊本水前寺地区の栽培農家に受け継がれ     た 緑色小粒種。

 私としては雑煮にいれることは考えられないので、今日のお昼に湯布院製のお蕎麦を買ったので天婦羅といっしょにサット茹でたもやしをのせて食べてみた。
 せっかくの長さなので切らないでのせた。茎が固い。

 それでもこれがないとというご当地の家庭は多いんでしょうね。

Moyasi10_2   Moyashi_2
 

 
 

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2008年12月26日 (金)

おだやかな暖かい暮れ

Buil_015_3

2008.12.26 17:17  師走と思えない暖かい日。
風もなく陽射しはたっぷり。
日が当たった背中はぽかぽかをとおりこして暑いと感じるほど。

明日もいい天気になりそう。

Buil_0163

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2008年12月25日 (木)

二つのマンション

Buil_007 リビングの東の窓からの見晴らしが変わった。
写真の奥に見えるマンションが完成したのだ。
工事をしている何ヶ月間は茶色(銀行)と三角屋根のあるマンションの間に緑の森や木々が見えていて、見通しがよかった。

かなりの距離をおいているのでうっとおしいとまではいかないが、向こうが見えていたほうがそりゃ気分がいいです。
 
 以前は3階建ての商業施設であった。
1階が食品スーパー。2階に衣料品や雑貨、3階に本屋や家庭用品があった。
食品はとにかく近いのでよく利用したし、洋裁用品や毛糸なども置いていたので便利だった。
そのビルが郊外型の大型商業施設が出来、市内中心部の商店群をも脅かされる状況になった昨近、その余波を受けたとばかりはいえないかもしれないが、幹線道路脇に移転してしまった。
店にくるのはお年寄りが多かった。その人々は今何処で買い物をしてるのか気にかかるところでもある。

水前寺界隈はマンション建設ラッシュがすごい。街をあるくとノボリが架かっているマンションが2,3ある。
家人といつも話すことは 「こんなに建って、入る人がいるのかねぇ」 「人口が増えないのにね」 だ。
二人で大きなお世話な心配をしている。未入居分の「管理費を販売主が負担しなければならないのだから大変だね」とも。
そしておおげさにも、「倒産するよきっと」 だ。
建設会社は、人口が少しでも増えていれば強気になっているのかしら。
実際、西の窓から見えるマンションも今年完成したが、夜になって灯りが点くのは数えるほどしかない。1階が学習塾になっているので人の姿を見かけることはある。下の写真↓

そんなわけで熊本市は人口が増えているんだろうかと気になった。
ほんの少しづつ増えてはいる。
19年より今年が増え方が例年より多いのは10月6日に富合町と合併したからだろうか。
我が家は16年12月に熊本市に転入した。17年に増えた819人のうち2名が私と連れ合いということになる。
人口より世帯数が増えていることについて私の推察はこうです。この小さい街の人同士が結婚して親元から離れたからでしょうとはちょっと無理か。
少子高齢化は今後の人口の増加を見込めない。むしろ減少でしょう。
政令指定都市を目指す熊本市。城南町、植木町の合併は成るんでしょうか。

住民基本台帳を基準とした熊本市の人口
                                 茶色の建物が今年初め完成
       世帯数   人口                Buil_0081
20/11/01  290,299    673,358              
                5,489増    9,095増
19/11/01  284,810    664,263
                2,344増          58増
18/11/01  282,464    664,205
                3,040増        518増
17/11/01  279,424    663,687
                2,606増        819増      
16/11/01  276,818    662,868                              
                2,252増        811増
15/11/01  274,566    662,057

ところで
政令指定都市ってなに? 市政令指定都市推進室 によると

 法律上(地方自治法)の規定は 政令で指定する人口50万人以上の都市であるが
                     実際にこれまで指定されてきたのは
       
             ・人口100万以上、
             ・近い将来これを超えると見込まれる80万以上の都市である。
                          
しかし平成13年に政府が発表した市町村合併プラン
大規模な合併が行われることを条件に政令指定都市の弾力的な指定を検討する 

という特例が盛り込まれ70万程度に緩和された。
              (この特例を用いて静岡市、堺市などが指定都市になった)
        
特例は平成22年3月が期限で、合併により人口70万人を超えると熊本市の政令指定都市が実現するということになる。

さて、政令指定都市になるとどうなるの?どういういいことがあるの?はまたこの次に調べようと思う。

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2008年12月16日 (火)

里山あるき隊 雁回山

立田山散策の一休み処、中央展望所から前方に見えている雁回山(313m)
いつかは行ってみたいと思っていた。
里山あるき隊では、六殿神社のところ富合コースを登り、城南コースを下りた。
周りの町村からいくつものコースがあるようだ。里山のいいところ。
遊歩道はよく整備されていて標識も完備。
枯れ葉が積もり、水分をたっぷり含んでいて、丸太の橋はつるつる滑ったが、歩きやすいコースだった。健脚組みには物足りないかも。

Satoyama_016_2
Satoyama_019_2

Satoyama_020

                                  六殿神社楼門(富合町木原)は国指定重要文化財。

雁回山の北麓にある豊かな自然に囲まれた六殿神社。緑のなかに映える朱塗りの楼門が鮮やかにそびえ立っている。 室町建築「クギなし門」と呼ばれる。

風もなく暖かく絶好の山歩きになった。
沢ぞいの道は木が鬱蒼として薄暗いが木立が途切れると木漏れ日がさし、これは冬のハイキングの楽しみでもある。

Gankaimitimaruta111 濡れてつるつると滑る丸太の木橋。
Satoyama_011

Satoyama_007 展望がない第2展望所。Satoyama_013
上空は快晴。

城南町へ下りて城南温泉でお弁当の昼食と入浴。
ゆっくりとくつろいで熊本に帰る。

【雁回山と為朝伝説】     (漫遊くまもと)による
雁回山は元々「木原山」と言われ、鎮西八郎源為朝の居城だったと伝えられています。
若い時為朝は余りに乱暴だったので、父の為義から九州に追放されました。
始め豊後にいましたが、やがて肥後に進んで阿蘇氏と結び、その後木原山に城を築いて住い、阿蘇大宮司忠国の聟(むこ)になって九州を領有し、自ら鎮西八郎と称しました。
のちに父為義とともに保元の乱に奮戦しましたが、敗北して近江で捕まり、伊豆大島に流刑になったと言われています。
 その為朝は弓の名手として有名で、木原山に住んでいたころ、64人力の強弓で山を通る雁をいつも射落としていました。
そのため雁は恐れをなして木原山の上を避け、この山を回って通るようになったので、雁回山と呼ぶようになったと言われています。

雁回山への交通アクセス

JR鹿児島本線 宇土駅からバスで15分、木原不動尊前 下車後遊歩道入り口まで徒歩
10分。

Satoyama_005_2

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2008年12月12日 (金)

映画 『マルタのやさしい刺繍』

Header_img_2裁縫は嫌いな方じゃない。
どうやらおばぁちゃんたちのお話 ということで、親近感もある。スイスの村のお話というのも惹かれたかな。スイスで見た、あのきれいな風景が頭をよぎる。

 スイスのエメンタール地方の小さなトループ村。この村に住む80歳のおばあちゃん・マルタは、9ヶ月前に最愛の夫を亡くし、すっかり生きる気力をなくしてしまっていた。

 そんなマルタを心配する、友人のリージ、フリーダ、ハンニ。
マルタを励まそうとする彼女たちは、マルタが若い頃、縫製が得意だったということを知り、村の合唱団の旗の修繕を依頼する。
戸惑いながらもそれを引き受け、材料を買いに首都ベルンの生地屋さんに出かけたマルタ。仲良し4人で都会でのショッピング。さもありなんと妙に納得。おばぁちゃんたちの可愛さがよくでていた。
 彼女は、そこで美しいレース素材を見ているうちに眼が輝きだす。
この気持ちは私にもとても良くわかる。
そして昔の夢を思い出す。
夢とは、パリのシャンゼリゼ通りにランジェリー・ショップを開き、自分でデザインし刺繍した下着を販売することだった。彼女はかなり高度の技術をもったひとなのだ。

昔の夢にふたたびチャレンジすることを決意するマルタ。
夫とともに経営していた雑貨店を改装し、リージと一緒にランジェリー・ショップの開店準備を進める。
だが、保守的な村の人々は、ランジェリー・ショップと聞くやいなや大騒ぎ。いかがわしいお店と決めつけ、マルタを阻止しようと躍起になる。

 みんなから反対され、冷遇されても夢をあきらめないマルタとリージ。
そんな二人の姿を見て、フリーダとハンニも新しい一歩を踏み出す決心をする。
フリーダは老人ホームでコンピューター教室に通い始める。
そして下着をネットで売ることを思いつく。
注文を受信したフリーダの喜びようはとても可愛い。
地方の伝統の花の刺繍をほどこした下着は注文が殺到する。
一方、ハンニは息子に、病院への送迎は出来ないから施設へ入れるといわれている夫のために車の免許を取る。

3人はそれぞれの生きがいを見つけ出す。

リージはといえば、アメリカ人の私生児を生んだが、アメリカへ渡る夢を死ぬまであきらめていなかった。

たとえ何歳になっても、変化を恐れずに夢をあきらめない姿勢をと教えてくれる。
3人のおばぁちゃんはみんな頑固だが可愛い。

これから、わたしにも訪れる80歳という年齢。
はたしてこのように前向きにいられるだろうか。

楽しく、明るい気持ちにさせてくれる映画だった。

 

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2008年12月 9日 (火)

天草 下田温泉へ

天草は遠いという印象しかない。
熊本に来て1年目だったか、シニアネットのお知り合いに『牛深アカネ市』のタイ釣りに誘われていくことになったが、待ち合わせ場所でおち会うことができづ、2人で初めてドライブをしたことがある。
海沿いも、山中の道路も走り続けて3時間以上かかったと思う。

一度下田温泉へいってみようとの家人の言で行くことになった。
牛深は天草下島の突端で気の遠くなるほど遠かったし、いくらその手前とはいえ実際運転は余り好きじゃない人が車で、というのが気がかりだった。
どういう風の吹き回しか、「そんなに遠くないよ」というので、あれれ大丈夫かいなと思いながらやっと自分から車で行くというのを断る手もないし。
天草は車じゃないと行けない所だ。
もっとも、天草エアラインという空の便もある。熊本から本渡まで30分の飛行、が空港を下りてからの足が要る。
熊本フェリーという手(熊本港から本渡港まで1時間)もあることはある。
家から座席に座れば目的地に着く便利さを思うと時間がかかっても車ということになる。

幸い抜けるような青空が広がっている。いい旅行日和だ。
まずひとやすみは道の駅「不知火温泉センター」で。
お昼は三角港のラ・ガールの奥の食堂で「海鮮ラーメン」
カニ用にはさみがついている。カニ、エビは結構手間がかかる。
傍の人は「面倒だなぁ、玉名ラーメンのほうが余程うまい」。Shimoda_010

三角から天門橋を渡り、大矢野島を通過。
Shimoda_011 この橋は何号橋でしたか・・・。

天草はほんとうに海がきれい。 東京湾、相模灘とは海の色がちがう。
大矢野橋、中の橋、前島橋、松島橋を通過して天草上島に入る。海沿いの 「天草有明たこ街道」を走り天草瀬戸大橋を渡ると天草下島に入る。Shimoda_014
266号をとり、山の中を走ると 3:00pmに温泉に到着    した。

下田温泉街001_lgonnsenngai

今回のお宿は『伊賀屋』。玄関ロビーは畳敷きでスリッパがない。これはなかなかいいアイデアだなとおもう。部屋の入り口もスリッパが邪魔にならないしお年寄りにも階段などが危なくないし。
それでかしらん、足袋が用意されていました。Shimoda_023
伊賀というと伊賀上野、忍者と連想してしまう。
浴衣にも立派に忍者が染めてある。

忍者とともにバラの模様があるが、これはバラを風呂だから。
Y384720010_2 Shimoda_033 お湯の出口に木でくりぬいたカップが置いてあり飲用できる。
近頃は飲めない温泉は有り難味が薄い。

連れ合いは「湯船が大きくて湯が一杯ある宿がいい、山口旅館のような」だと。贅沢をいうね。
たしかにこじんまりした宿で大きなお風呂ではないがあたりも静かでくつろげるのだ。  伊賀屋はこちら.

『とにかくお得「女将おすすめプラン』というのにした。
カロリーの気になる方や食事制限のある方などにとあるが、特にそちらは気にしない。
いつも、お料理を残すのは勿体無くて、苦闘してお腹が苦しい思いをしてきたので、それだけは避けたいと思ったから。
予約の時の要望に「沢山たべられません」などと書いて送った
それにそんなに多くは出ないだろうと思っていた。

ところがでした。
お料理はとてもおいしい。どれもおいしい。どれもが確かな味です。そして今度もまたちょっと満杯気味に。
宿のマッチを見ると
Shimoda_016 やっぱり忍者と
「天草で一番のご馳走の自信あります」とあるではないか。                   Shimoda_018_4   

                                                                                                                     

それなれば、写真に撮っておきましょう。
何時も写真に撮っておくことはないが、今回は写してみた。

Shimoda_038_3  食前酒、
三種盛り、小鉢、おつくりShimoda_013

Shimoda_025 海鮮入り茶碗蒸し
車海老と地魚佑庵焼↑

Shimoda_026 ひじきめんと桜海老かき揚げ→

Shimoda_027 紙鍋は地魚ではなく天草大王で。
下地は豆乳仕立て。

Shimoda_028 赤米のご飯・・家人がとても感激した。いままでで一番美味い!といって全部たべた。
あおさのりの味噌汁。私はこちらの甘めの味噌はあまり好きではないがこれは美味しく頂いた。
果物とデザートのワインゼリーがとても美味しかった。
それと器がとてもよかった。

さて、「忍者のわけ」を知りたくてチェックアウトの時
聞いてみると、女将らしき人は「ここは昔海が裏まで来ていて烏賊がよく獲れた。ので烏賊や→伊賀屋になり伊賀なら忍者ということで社長のほんのきまぐれですと。
食事のとき仲居さんにここの創業者は昔忍者だったのかしらなどと聞いたお粗末もありましたが。
なるほど、旅館街の裏手には川が流れている。昔は海だったことは想像できる。
翌日の朝、周りを散策しようと思っていたのだが
昨日と打って変わって、空は大曇り、チェックアウトのころは雨が落ちてきた。
「五足の靴」の遊歩道を歩いてみたいことも、観光の目玉の海岸沿いの389号線を走ることもあきらめて、昨日来た山の中を走ることにした。
また、来る日もあるでしょう。

下田温泉市街 (クリックで)
Map_02shimodaonnsen_2                                          天草の観光

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2008年12月 3日 (水)

今日の夕焼け

Sonota_010

2008。12.01  17:07 ベランダからSonota_012

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今日の夕日

Sonota_009 2008.12.03

16:50 ベランダから

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2008年12月 2日 (火)

きょうの日の出

Sonota_001 2008.12.02 7:04

リビングから

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JRウオーキング 氷川町から立神峡へ

Jr_arisa_002_2  有佐駅からスタート。きょうも良く晴れた。

熊本からJR鹿児島本線下り(鹿児島中央、八代方面)に乗り5つ目の駅です。

氷川町の町中を歩く。(熊本県八代郡氷川町、熊本市から南へ約30km)
住宅の脇には水量豊富な川が流れている水路の街。水路をを自宅に引き込んでいた家もあった。
Jr_arisa_009 Jr_arisa_0171

                                             

                                                         

                                                    旧井芹家あたりは地域おこしに力を入れている様子だがいまいちインパクトに欠ける。
井芹家は財閥で右の建物はは井芹銀行だったそうな。いまは「まちづくり情報銀行」です。
私はなにより左のはっぴのしるしにみとれてしまった。美しいデザイン!なんとおしゃれな!Jr_arisa_0111
                                                                                                                     

八代は石の匠の町。こにも眼鏡橋があった。Jr_arisa_020

                                                       

                                                        

                                                      

                                             
氷川に架かる大きな氷川橋を渡ると田舎みちに入ります。両側には晩白柚(ばんぺいゆ)がいっぱい。Jr_arisa_023
Sonota_0012 道端に干してある胡椒の実。

                                                        

                                                   

                                                                         
 

小さな公園では地元のおまつりが開催されていて、それなりに人びとがおりました。
そこでお弁当を買った。このお弁当が優れものでおいしい新米の栗ご飯にから揚げ、野菜の煮しめ、卵焼き、おしんこ2,3種、Jr_arisa_043_2栗の渋川煮もはいっていました。300円はやすーい。

歌をうたっているグループの最前列が空いていたので歌を聞きながら食しました。まだ11時ゆえだれも食べてる人はおりません。
彼らは4曲のうちサザンのバラードばっかり,真夏の果実の他、3曲も歌いました。桑田くんより女性的に唄っていました。が、ふと、この山奥で湘南サウンドかよと思いました。どの歌を何処で歌ってもいいにきまっているじゃないか。なんということを!
あとはこぶくろを1曲。歌は知りません。 
Jr_arisa_0461_2    

いよいよ立神峡。このつり橋をわたるのは怖かった。                        
                                                                             
Jr_arisa_0481

Jr_arisa_042 Jr_arisa_045                                                                                                                               Jr_arisa_0361

                                                                                                                                                                              

東陽交流センターー 「せせらぎ に到着。ここは東陽町になるのかな。
その前庭に珍しい桜が咲いていた。
Jr_arisa_0521

Jr_arisa_053 Jr_arisa_056           
  天然温泉「せせらぎ」 は源泉掛け流し。
ウオーキング参加者は400円のところ300円で入った。
土日曜日は生姜風呂がある。生姜ががごっそりとお湯に浮かんでいた。
かすかに生姜の香りがしないでもないですが、よく温まるそう。
お風呂を出て生姜ソフトアイスを食べる。
いつもは食べないが生姜というのに惹かれてです。
あまり生姜風味は感じなかった。
また有佐駅まで歩くのが面倒になり、ショートコースのためのピストンバスに乗ってしまった。20分で着いたので歩いてもよかった、とは後で思うことでした。

                                                                                                                      

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2008年12月 1日 (月)

ベルリン弦楽四重奏団 コンサート

県立劇場コンサートホールにて

弦楽四重奏はJr_arisa_091 ラジオやテレビでは何度か聞いたり見たりしていても生を聴くのは初めてだった。

まづ第一バイオリンの音色に魅了された。あたたかくて麗しい。その第一バイオリンに第2バイオリンとビオラが響きあって、力強いチェロが支えている。

たった4個の弦楽器がオーケストラのよう。

ハイドン    弦楽四重奏曲 「皇帝」 から 4曲
モーツアルト 弦楽四重奏曲 「プロシア王第3番」 から 4曲
心地よい。
おだやかな気持ちになってゆったりと椅子にかけて聴いていた。
フルオーケストラの迫力もいいがこんなやすらぎもいい。
休憩をはさんで
ベートーベン 弦楽四重奏曲 第8番 「ラズモフスキー第2番」
になると重厚で起伏の多いいかにもベートーベンらしい曲が熱演された。
まだ耳に残っているバイオリンの音を反芻しながら家路についた。
                                  114_033_2

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