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2009年5月

2009年5月30日 (土)

映画 『天使と悪魔』

003_2 ヴァチカンを光と闇が包み込む─
ダ・ヴィンチ・コードから3年─再び、世界は震える。

「ダビンチ・コード」では、スーパーと画面を両方見ているうち謎解きにおいていかれたので、今回は画面に専念できるようにと思い、吹替版を観る事にした。

教皇の逝去にともない、新教皇を選ぶコンクラーベが開始され、サン・ピエトロ寺院広場に群集が集い、今か、今かと決定の白い煙を待っている。

だが、400年前に弾圧された科学者の秘密結社「イルミナティ」がこの機に乗じて復讐を始める。
有力候補の枢機卿4名が誘拐され、科学の四大元素、土・空気・火・水を表す焼印を胸におしつけ1時間ごとに殺害するという。

ヴァチカン当局はラングドン教授を呼び事件捜査の助言を求める。
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おりしも科学者は街をふきとばす破壊力をもつ反物質を完成したが、これを奪われローマのどこかに隠される。
テロ計画とのタイムリミットの戦いがはじまる。

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 004 ラングドンはバチカンの書庫からガリレオの書物を見ることに成功し、暗号からヒントを得る。
実際こちらは、ナゾすら解らないうち、ラングドンはあっちだこっちだと叫びながらバチカン、ローマを駆け回りなぞを 解いていくが、今回もナゾ解についていけない。
あまりにもスムースにナゾを解いていく。

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タイムリミットが迫るなか、教皇の代理人カメルレンコが反物質を持ってヘリでバチカンから脱出するという英雄的行為に出るクライマックス。
彼はバチカンと共に死ぬ気だったとおもわせる・・・・が。
危機一髪、反物質は空中で大爆発を起こしたがカメルレンコはパラシュートで脱出する。
バチカンは破壊から救われた。

が、ここからがどんでん返しで、じつは教皇を殺したのは
003_4 カメルレンコであった。

宗教と科学は永遠の対立。
現実的には折り合いをつけているのに、心情的には神の優位をゆるがすものは絶対に認められないカメルレンコ。
宗教が天使で、科学が悪魔か、はたまたその逆なのか。

サン・ピエトロ寺院内部と地下のハイテクには目を見張る。科学を否定しているはずの教会。
地下はこんな建造物になっていたのだ。
システィーナ礼拝堂の儀式も厳粛で美しい。
とくにラストのサン・ピエトロ広場を上空から俯瞰するシーンには感動した。

映画ってこうでなくっちゃね。
また、行きたいな。イタリア。

ダヴィンチ・コードではナゾ解きが未消化だったのですっきりしなくて原作を読んだ。
今回は読まない。
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2009年5月28日 (木)

手作りノート

001_4  本箱で探し物をしていると、こんなものが出てきた。
『手作りノート』 
昔、写真はフィルムカメラで写真屋にDPEを頼んでいた。出来上がったプリントにポケットアルバムをサービスでくれていた。
それを何冊か綴じてつかってある。

子供たちの着るものは赤ちゃんの時から自分でこしらえて着せていたが、これは孫のために作ったものである。
004_4 ほとんど娘たちが着ていたものを孫用に作り直したものである。

勿論子供のとき着せていたものがあるわけは無く、娘がママになって着ていた物のリサイクルである。
編み物も新しい糸を加えてよく編んだものだった。

そのなかで、黄色のローンの洋服がある。
これは新しい生地でつくった。作った日付けは平成8年とある。
右の写真の左上と右下。赤ちゃん用と幼児用。

ある日仕事で横浜に向かう電車に乗っていると、若いおかぁさんが赤ちゃんを抱っこし、もう一人連れて乗っていた。
ふと目が行くと、見たことのある洋服を着ている。昼下がりの電車は空いていた。
ちょっと近くによって見ていると私が縫ったものに間違いない。びっくりした。
とても懐かしくなった。

帰宅して、確信はあったが娘に電話してみると、仲のよいお友達にあげたという。
次女の子供たちに作ったものだったが、長女のところに渡っていた。
よくぞもらって着せてくださったこと。
その方と娘とのお付き合いのありようも想像できて、このことも嬉しいことでした。

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布絵本作り講座

001 市立図書館で「布絵本作り講座」の募集があって参加した。
縫い針を持つことをはなれて随分になる。
家人のスポーツソックスがまだ2,3回履いただけなのに、左足の親指の爪のところに穴があき繕ったことが最近の針仕事。
どうしたわけかふとやってみる気になって、申し込んだ。

はじめて見ると、やはりやることが遅い。
丁寧さに欠ける。
手がぎこちなくなっている。
ず~っと縫い物を忘れていたんだもの仕方ないね。
その絵本とはもうフェルトが切ってあってそれを台布に縫い付ける。
絵本の題は『おはよう おやすみ』
10時から15時までお昼食をはさんで、やっと黄色猫の1ページ完成。
 慣れないことで疲れた。

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  おはよう                    おやすみ

ボタンをかけると「おはよう」になる。ぼたんを外すと「おやすみ」
かに、クロ猫、白い猫、黄色ねこ、パンダ、熱帯魚、6種をつくりひもで綴じる。
完成したらUPすることにしよう。この調子だと先が見えない。
のんびりやっていこう。
娘に話すと、家の孫(娘の孫)に間に合うねと。
まだまだ先の話です。

005_3 図書館では絵本作りのボランティアーを募集していて、館長さんのお話ではゆくゆくは布絵本の貸し出しを考えていますとのことだった。
その会ではもう少しレベルアップした絵本作りが学べるようだ。

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2009年5月24日 (日)

熊大附属中学校の運動会 (2009)

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3番目の孫娘の中学2回目の運動会。 (2008年)
気持ちよく晴れました。強い陽射しも無く、吹く風も心地よい。
今年のテーマは
  大きな「あい」でひびきあえ
       認めあい支えあい、高めあい
          ~あなたの個性が輝く附中~ 
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お昼のとき、孫娘はリレーでスタートをきったが、「滑って失敗した」とくやしがる。
おとうさんは「後半で失速したね」 おかぁさんは「はやかったよ」
一番外側のコースは一緒に走る人が見えてなくて、走り辛いとは走者の弁ですが
両親は賛同。そうだよね、先頭を走っている心算が左側にどんどん迫ってくるので後がつらいとは、ばばの感想。
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競技をしている運動場に一陣の風。
みるみる小型の竜巻になった。
私のカメラは遅れをとって、砂嵐が広がってしまってからシャッター。
竜巻は沢山のカメラに収まったようでした。
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  女子生徒のマスゲームは昨年のような華やかさには劣るものの、リズムに乗って活発なダンスで 楽しませてくれた。
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男子生徒のマスゲームはいわゆる機械体操。
もうこれは運動会の定番。
出来栄えは練習量による。毎年こける組が必ずあるのもご愛嬌。

リレーや100メートル走、800メートル走など、走りの姿がカッコよく、早く、力強いのをみると美しいなとさえ思う。
走るという能力は人の基本だなぁとつくづく思う。
歩く、走る、跳ぶという能力も年とともに低下していく。
以前は自分が走るイメージを思い浮かべることが出来たが、最近は体が重い感じがしてしまって。
この若い人達、これからもっと体力的に向上していくに違いない生徒をみていると、元気がもらえます。見にきてよかった。

マラソンが人生にたとえられるが、どうしてリレーもちょっとした人生劇です。
トップを駆け抜けてきたがバトンタッチでうまくいかなくて、抜かれてしまったり。
転んだりすれば、もうなかなか挽回できません。
一団に、超早い生徒が入ってあれよあれよという間に、ゴボウ抜き。
1,2位が先を争いもつれている間に、3番手がするりと脇から出て1番になったり。
見ているほうは手に汗をにぎりため息をつく。

今年の体育大会記念手ぬぐいは・・・・
040_2 龍のわけは、
赤龍(せきりゅう)
白龍(はくりゅう)
青龍(せいりゅう)
黄龍(こうりょう) で色の組を強い龍に見立てたものでしょうか。

赤組、白組などといわないのが中学生ぽいですね。

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2009年5月20日 (水)

KSNハイキング 雁俣山

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KSN5月例会は雁俣山(1,315m)。雁俣山は4回目になる。
1,2回目は「森を学ぶ面白塾」で、  2回目の雁俣山
3回目は先月の4月28日に里山あるきで行ったばかり。

今回は花を見るのではなく、新緑を愛でる山行になった。
カタクリは実のようなものを付けていた。
天気予報では曇りだったが良いお天気になった。

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4月の里山での山行は気持ちよく歩けて、頂上手前の急な上りも難なくこなして、楽しかったが、今回は体調が万全とは言えずその坂で何故か生あくびが出て変だった。
一緒にいた方から顔色が悪いといわれた。
それでも足がなんとか前に出たし、坂をよじ登ることができた。
こんな経験は初めてだった。
往きのバスの中でもただ眠気がでていた。
頂上でお弁当を食べて、合唱をしたりしていると元気が出てきた。

「梅ノ木轟」(うめのきとどろ)も上まで階段をのぼって行ったし、佐俣の湯に入ってさっぱり気持ち良く帰途についた。
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2009年5月18日 (月)

映画 『ダウト』 ~あるカトリック学校で~

Eiga_011 それは、人の心に落とされた「疑惑」という名の一滴の毒
主要人物は3人の聖職者。
神父(フィリップ・シーモア・ホフマン)と、古い価値観から逃れられない厳格な校長(1メリル・ストリープ)、そして純粋な新人教師(エイミー・アダムス)。
新人教師は唯一の黒人の男子生徒に優しい神父に、不適切な関係にあるのではないかと不信をいだき校長に相談する。
神父は開かれた教会を目指す人望厚い人物だが
校長には気に入らない。
校長は疑惑を募らせ、その疑惑は確信となる。
が,誰も見たものは無く証拠もない。

校長は、彼の存在を排除しようと異様な執念をつのらせ執拗な追跡をする。

二人は相手の本性を暴こうと激論をかわすクライマックス。

もしかしたら神父にその疑惑はあったかもしれない。校長もまた疑惑をもたれるようなことが無いとは断定できない。

男子生徒の母親(ヴィオラ・ディヴィス)の信念は強い。この女優は存在感があった。強い母親。
疑惑が有るなしにかかわらず、それが確かであるなしにかかわらず、弱い立場のものは受け入れるしかないのだと。

校長の陰謀は稔ったかにみえたが、神父はより上の地位を得てこの教会を出て行く。
校長はなんの立証もないまま、疑惑をかためるためのウソの力を借りていた。
これはもう敗北。

疑惑とはなにかと思う。
疑惑とは対象を正しく見る目が欠けているとき。

しかしことのはじまりは疑惑から始まることもたしかなことなのだ。
立証されない疑惑をもつことは身を滅ぼす。
ただ引き返すことが重要なのだ。ピュアなシスター・ジェイムズは引き返したではないか。

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新型インフルエンザ対策

メキシコで新型インフルエンザが大規模感染し、5月18日月曜日読売新聞によると
日本国内感染拡大 78人に と一面TOPにある。

このところ全世界をゆるがす大事件である。各国で続々と感染者が増大している。

紙面のなかに「インフル対策 食料備蓄 」という記事があった。
流行して外出もママならないときのために紹介したものである。

        備蓄食料品リスト (家族4人、2週間分)

 主食  米(もちを含めても可)  10キログラム
      うどん、パスタなど     2,4キログラム
      インスタント麺、パンなど 16食

 主菜・副菜  野菜類(たまねぎ、じゃがいもなど) 各1~2キログラム
          豆類    適宜
          卵  10個 
          缶詰 (魚介類、肉類)30缶
          缶詰 (野菜、きのこ類)20缶
          レトルト食品  500グラム入り10袋 
          乾物 (ひじきなど) 各2袋
 汁物   みそしるなどスープ類 12食      
 乳製品  チーズ、ヨーグルトなど 各1~2箱
 果物   缶詰 10缶
 調味料・嗜好品・その他
           砂糖、塩、ミソ、醤油、食用油 1キログラムあるいは1リットル
           酢、だしの素、コンソメなど     適宜
           嗜好飲料 (緑茶、コーヒーなど)  適宜
           菓子類    適宜

農水省によるガイドを基に読売新聞がつくったものですが、われわれ老人家庭では買い足しするまでもないような状況です。
何時かは使おうと思っている乾物類や豆類はごろごろあるし、ジャガイモ、たまねぎは新物が出て、多めに買ってあるし、足りないとすれば肉や魚の缶詰ぐらいか。また家人がきらいで買わないレトルトも買っておいたほうがよさそう。

飲料水やカセットコンロを加えれば、自然災害時にも対応できるということです。

娘の家にお菓子を持っていくと孫が「お菓子はいっぱいあるからいらないよ。買い置きがしてあるから」という。
お菓子だけは真っ先に備蓄対象になっておりました。

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2009年5月13日 (水)

レディース大江塾 始まる

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 平成21年度 
 大江まちづくり交流室・公民館
 主催講座 レディース大江塾
 自ら企画し運営する女性学級
という

が始まった。70名の応募があり50名が抽選に当たった。
月1回、主に第2水曜日。5月から22年の2月まで。

目的として

生活に役立つ講座を自主的に企画運営し、学習を通して知識や教養を深め、地域とふれあい、お互いの交流をはかるというものである。

きょうはオリエンテーションの日。
初めての人が過半数を占めた。6人と7人の組に班わけをした。
体操教室で一緒だったかた、ボランティアーズでの方、あちらこちらでご一緒した方の顔がある。
人口が少ないことと、さまざまな学びの場を行政が用意してくれているということか。

「自ら企画し運営する女性学級」 ということでどんなことをするかわくわくするところもあったが
やってみたい、学んでみたい事柄をピックアップして並べてみると過去の学習を再度計画に入れたものが多かった。よい企画なので初めての人が希望したからである。

その内容は

  5月 開級式
  6月 家庭で省エネ大作戦~地域にも家計にもやさしい生活を~
        これはすでに組み込まれているもので行政の意図がみえる。
  7月 おしゃれセミナー
  8月 小林先生の講演 また聴きたいという声が圧倒的だったので、
              初めての人はどんな話が聴けるのかは不明。
  9月 認知症について
10月  裁判所見学
11月 里山を歩く
12月 音楽療法
  1月  ヨーガ
  2月    AED

それぞれの講座は当番組がお世話をすることになる。
担当職員の田村(女性)は皆さん仲良くお願いしますと2度も言われたのがおかしかった。

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2009年5月12日 (火)

足の向くままに  (4) 葉山

教会からおりてきて、ジョナサンでチョコレートケーキとアイスコーヒーで一休みする。

ふたりで『御用邸コース』といっていたコースを歩こうと思う。
家人はほとんど毎日歩いていた。
ただし今日は海岸に沿ってではなく山側を先に歩く。(画像をクリックすると時刻がわかる)

ボンジュールの前を通って・・・・・
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葉山小学校とマーロウ         葉山ガーデンをちょっと覗いて
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葉山一色郵便局と鴫立庵
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御用邸正門 
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「一色」でせいろをいただきます。おいしいです。
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ここからは海岸に沿った道。      御用邸裏でもう海に入っている  
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皇宮警察の警備もゆるやか。
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生垣に沢山咲いていた花
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ときには山手の小路へ入った。静かな住宅地の中の道、家々の庭を見ながら。↑

しおさい公園を過ぎると神奈川近代美術館葉山館が見えてきた。 入ります。
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20090510tokyo_068 近代美術館の近代的な建物。
海が見える美術館もそうないのでは・・・・。

ただいま 荘司 福 展 開催中。
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20090510tokyo_069 一色海岸の小さい駐車場から。向こうの森は御用邸。

20090510tokyo_070 山の中腹の別荘。
秋谷あたりは山の上に伸びているが葉山はここにしかない。御用邸を見下ろすことになるからかも?

20090510tokyo_071 取り残された石造りの門柱には北白川の名が。別荘の跡だとおもうけど、マンションが1つきり、広い空き地がうまっていない。
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               真名瀬漁港
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20090510tokyo_0781 ←葉山芸術祭のアートでしょうか。
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森戸海岸到着 13:33
ここちよい風にふかれてベンチでくつろぐ。ふと眠りそうになる。
静かな午後。 
まだ海はひともちらほら。
葉山はやっぱり時間がゆっくり流れている。

20090510tokyo_0811 これいいね。パネルに使えそう。

早めに羽田に向かうとしよう。
新逗子14:28に乗ると空港快速特急で乗り換えなく15:24到着。

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足の向くままに  (3) 葉山

葉山館に泊まって横浜に帰る長女のお姑さんをバス停まで見送る。
自分もチェックアウトを済ませて、荷物をあずけて歩こうと思う。
まづ、海岸に出て葉山マリーナ、鐙摺港へ。あいにくの曇り空。
(クリックで時間が判る)

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ヨットハーバーに以前は裕次郎のコンテッサⅡ 号が係留されていた。
見つけたぞ、東工大はヨット合宿の後ここに置いているんだな。

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LA MAREE DE CHAYA と日影茶屋
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鐙摺港前の味の素の創始者鈴木邸が壊されてマンション造成中でびっくりした。
某貴族さんの別荘あとにあった「恩波亭」もマンションになっていた。
恩波亭は葉山マリーナに開店したという。
長女の夫の両親を葉山にお迎えして、海を眺めてワインとフレンチを頂いて楽しかったのも思い出となる。
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海岸通りから堀内の小路にはいる。
20090510tokyo_040 通称慶応通りと呼ばれていた相福寺前の通り。 ↑
慶応関係者の住宅が沢山あったから。向こうに見える民家は家人の勤めていた会社の保養所葉山荘があった。
かなり広い敷地だったので跡地に11戸庭付き住宅が建った。
当時経済情勢はバブルがはじけ下り坂。おもだった企業の保養所、別荘はほとんど整理された。
先ず福利厚生から切られていった。元自宅の近くのトヨタ、凸版印刷、東芝・・・・なども。

仙元山コースを葉山教会まで歩こう。

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この急な坂道には忘れられないことがある。
1999年のことである。
毎年お正月には二人の娘が家族とともにやってきた。
次女の夫は川崎大師にお参りしてから葉山に来ることが通例になっているので、長女の家族とじいさんは皆が揃うのを待つ間にこの坂へのぼって行った。
そのとき、じいさんが息苦しいといった。その様子に長女の婿がおかしいと思い、病院へ行くことを勧めたのだった。
とくに症状もあるわけではないのでお正月が終わってから2月になってやっと横須賀市民病院行きカテーテル検査を受けたが、はっきりとした診断がでなかった。
その後婿は同級の友人に紹介してくれて浦舟に行くことになった。
浦舟でも精密検査をし、不安定狭心症という診断であった。
私には食事にも気を配ってきた自負があり、晴天の霹靂であった。
鶴見にいたころ新宿に通勤していて、お昼には大好きなラーメンをよく食べたらしい。
わたしは詰問した。
「ラーメンのおつゆまでぜ~んぶ飲んだんでしょう」と・・・・・・・。
ラーメンのせいばかりではないことは判っている。それから4年も経っているが・・・・・なにも自覚症状はなかったらしい。浦舟のDRは何かあったでしょうと強く言われたが。

2月も下旬、浦舟で循環器専門の最強クルーにPTCAのお世話になった。
初めての入院、治療であったが長女婿や次女やその夫を知っていてくれる人達のお世話になり、何にも不安は無く、むしろ安心していることができた。

そんなこんなで、あの時長女婿がおかしいと思って気がついてくれなかったら大事になっていたかもしれないと、いまでも長女の夫を「いのちの恩人」といっている。

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2009年5月11日 (月)

足の向くままに  (2) 横浜

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長女のお姑さんと横浜市内遊覧バス
 午前コース  もうひとつ一つの横浜を感じる
                 ノスタルジック横濱
 に乗ることにする。
                                                                        シニア割引で4,410円。

20090510tokyo_0081 9:20横浜駅東口発。
ガイドさんはいろいろ説明してくれるが2人は聞いちゃいません。知っていることだしおしゃべりに夢中です。
横浜ベイブリッジ・大黒ふ頭を眺めながら
三渓園へ。
お抹茶の接待あり。新緑がきれいな園内を散策。

中華街 同撥別館で広東料理の昼食。

港の見える丘公園で散策。

三渓園にて  今は睡蓮が真っ盛り、花ショウブはこれから。
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港の見える丘公園にて 
バラの花盛りです。
何時来てもバラが咲いているところです。
今日もシニアのグループがスケッチをしておりました。                 
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バスは開港150周年のイベントがあるみなとみらい地区を周遊して横浜駅東口に帰着したのは13:45ころ。
ポルタでお茶し、つきないおしゃべりで時を過ごす。
というのも長女から5時ころにといわれていたので・・・・。
あとは高島屋地下で手土産を買って京急久里浜へ向かう。

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2009年5月10日 (日)

足の向くままに  (1) 巣鴨と都電荒川線

連れ合いがかつて勤めていた会社の同期会があり山陰に出かけるので、自分も出掛けることにした。12時に羽田着。
12:30京急乗り場に下りるとエアポート快速佐倉行きが待っていた。
品川経由巣鴨まで切符を買う。(空港→JR巣鴨650円)
京急品川駅でJR山手線に乗り換える。外回りが先に来たので乗った。
巣鴨に13:30到着。
今回カメラは時刻表示モードにしたので、クリックでそこにいた時刻がわかるようにした。
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巣鴨駅からしばらく歩くと巣鴨地蔵通り商店街に着く。                             (↑MNGSwebから)
以前は「おばぁちゃんの原宿」といわれ随分賑わっていたが最近あまりきかれないなと思っていた。
がどっこい
母の日の日曜日で通りは大賑わい。

おばぁちゃんばかりではなく若いカップルやおじいちゃんも多く見かけた。
沢山の店が並びそれぞれの名物を売っている。
たいやき、せんべい、カレーうどん・・・・

ぶらぶら物色しながら歩いているのはやはりおばぁちゃんが多い。
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かなり物価は安い。
中ほどに高岩寺というお寺さんがありここに とげぬき地蔵がある。お地蔵さんを自分の体に見立てて悪いところを洗います。
最近はたわしだと擦れてしまうのでタオルでだと。
入り口で線香のけむりがもくもく・・・・おじいちゃんは帽子を脱いでけむに当たっている。
私も最近とみに心配になっている頭部にけむりをつけた。

お腹がすいているのに気がつき地蔵そばに入る。
大きな甘くて柔らかいエビが2尾ついた天ざるがきてとても美味しくいただいた。
何もいわないで注文したので上等を持ってきたことがレジでわかった。
お昼にしてはカロリーオーバーか。(1350円)

ぶらぶら両側をみながら都電荒川線庚申塚駅まで歩く。                   

今日の第2の目的はもうここしか残っていない都電に乗ることでしたから。
都電というと私の思い浮かぶことは父が学校を出ると世田谷に嫁いでいた長姉をたよって上京、都電(市電?)の運転手をやっていたことがあった。
そのころ二・二六事件があり、父も無関係なのに2晩か3晩留置されたといっていたことを思い出す。
都電荒川線
全線160円。降りたらそこまで、乗る時また160円いる。
江ノ電のように民家の軒先をゆっくりのんびり走るが複線で電車は何度もすれちがう。


都電一日乗車券を買って、みんな降りてみたい駅だけど、今回は庚申塚駅から終点三ノ輪橋まで乗ることにする。 
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三ノ輪橋駅はバラがきれいな駅で「関東の駅百選」に選ばれている。
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三ノ輪橋から東京メトロ三ノ輪駅へ向かう。三ノ輪橋から日光街道に出て、しばらく歩くと明治通りとの交差点にあった。
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東京メトロ日比谷線三ノ輪駅から横浜まで切符を買った(15:30  490円)。
日比谷線は東急東横線に乗り入れていて菊名まで直通、きょうは中目黒で反対ホームに待っていた桜木町行きに乗り換える。

東横線はあの自由が丘や田園調布を通る乗っていて楽しい。自由が丘は家人の会社の社宅があり同僚のお家に一度訪れたことがあった。

東横線は横浜市営みなとみらい線にも乗り入れていて、都心から一直線で、横浜中華街まで行くことが出来る。
東横線横浜駅に着いたのは16:35.。
長女一家とそごうで会う約束にはまだ時間があるので、そごう美術館へ。

Save0024_4 横濱開港150周年にちなんで横浜出身の
版画家川上澄生展である。
小さいものが多く、ハガキの大きさに緻密なデザインがほられていて感嘆。
 1ミリより小さい彫刻刀を作らせたとある。    

  川上澄生展

  

今夜は横浜エクセルホテル東急に泊まる。
ほとんど横浜駅の構内という立地で、便利さで気に入っている宿。

長女の夫のおかぁさんにご挨拶と思い電話をかけると、びっくりされ明日会うことになった。

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2009年5月 8日 (金)

今年のお花

Hahanohi_0031_2 母の日のお花が届いた。
ネームカードが連名になっていたのが今年珍しいことかな。
これまでは娘のひとりの名前でした。

涼しく直射日光が当たらないので玄関に持っていきます。
家中がいい香りがしております。

ありがとう。

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2009年5月 2日 (土)

映画 『グラン・トリノ』

Save0022 クリント・イーストウッド監督、主演。    
   俺は迷っていた、人生の締めくくり方を。
   少年は知らなかった、人生の始め方を。   

戸田奈津子訳は嬉しかった。訳が何故か好きなのだ。
往年のキャラハン警部も長じて苦虫かみ殺した、こんなにかっこいいジィ様になりました。
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イーストウッド演じる孤独な老人ウォルト・コワルスキーは長年フォード社で組み立て工として勤め上げた。
その一徹さは、地下室に50年かけて揃えた道具類が整然と並べてあることが物語っている。
妻に先立たれ、子や孫にも疎まれるような偏屈で人種差別主義者。

息子が日本車のセールスマンであることも気に入らない。
デトロイトの住宅街の周りにはアジア系移民が多くなり、苦々しく思っている。
楽しみはビンテージ・カー グラントリノをピカピカに磨くこと、愛犬ディジーとの生活、ビール。

朝鮮戦争の帰還兵でもある彼は人を殺したことに深く傷ついていた。
妻は彼の懺悔を望んでいたが聞き入れない。
牧師がたびたび訪れるが憎まれ口で追い払う。                       Et20090424181651970l1Sub23_large
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隣家にモン族の家族が越してきた。
その家の少年タオが不良少年グループに絡まれているところを見て、自分の庭から追い払おうとライフルを持ち出すが、結果的に少年を助けることになる。
タオの家族はお礼に数々のプレゼントを持ってくる。始めは迷惑だったが次第にうちとける。
そんな折、又もアジア系移民のギャングがタオにグラントリノを盗ませようとする。
タオに銃を向けるウォルトだったがなぜかこの気弱い少年が気がかりになる。
彼ら家族の暖かさに親しみを覚え、タオに一人前の男として仕事を与えようとする。
隣家やその周りのアジア人にだんだん心をひらいて行くウォルトの様子はとても温かい。
大人の会話とはと相手との話の仕方まで教える。
床屋や建築業の男とのため口のやりとりがとても面白かった。
女の子とのデートには大事な愛車を貸すという。

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そんな時、報復に現れたキャングに姉弟は暴行を受ける。
ウォルトは自分が関わったことが姉弟の危剣な目にあわせたことを悩む。
そしてかれの正義感がある決心をさせる。
吐血し長くない命を知っていた彼はタオをおいて一人報復に向かう。
死を覚悟した彼は死装束を用意し、牧師のところへ行き懺悔をするが戦争で人を殺したことにはふれない。
それは彼がいかにそのことに深く傷ついて背負っていたかがわかる。
ウォルトは先に銃を抜くそぶりをしてギャングたちに自分を撃たせる。

あのグラン・トリノはタオにとの遺言を残していた。

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ここでアメリカの銃規制はどうなっているか知りたいところ。
アメリカの銃規制に関して。西森マリーさんから引用すると・・・(要約)

『アメリカでは8,000万人が銃を所持しています。
でも、これはあくまでも銃所持を登録している人たちの数なので、不法に銃を持っている人々の数も入れたら、銃所持者の数は一気にふくれあがることでしょう。

テキサスなどの中西部や、南部、コロラドやモンタナなどの山岳部や北西部ではウォールマートを始めとするごく普通のスーパーマーケットで銃や銃弾を売っています。

ですから、これらの地方のアメリカ人たちは子どもの頃から銃を当たり前の日用品としてとらえていて、銃を所持することは合衆国憲法によって守られているアメリカ人の基本的人権だと思っています。
銃規制派、反対派はアメリカをまっぷたつに分けて、年々溝が深まるばかり、という状態です。』

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2009年5月 1日 (金)

さわやかシニアビクス 2年目

去年に続いて今年も市立体育館でさわやかシニアビクスが始まって参加できることになった。
継続の人が優先だったが、キャンセル待ちが多いらしい。
今年は時間が午前になって9:30~10:30になった。
以前だと午後の時間帯が中途半端になってしまうので私はかえってよかった。
殆どが継続参加の皆さんの顔もだんだんわかってきて、挨拶も笑顔でいっぱいです。

インストラクターは緒方さんになりました。
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