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2009年6月

2009年6月20日 (土)

横濱開港150年記念GOODS

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横 浜 音 開 港  横浜市消防音楽隊創設50周年記念CD
    
収録曲
   
   ヘイル・コロンビア ensemble version
                                 symphonic band version
      ワシントン・ポスト
      美中の美
      錨をあげて
   波路はるかに
   A列車で行こう
   パーディド
   ハイ・ソサエティ
   フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン
   ブルー・ライト・ヨコハマ
   川の流れのように
   ウルトラマン・メドレー
   横浜市歌  symphonic band version
           ensemble version
ハイ・ソサエティ ライブ録音 (環境デーinみなとみらい)                                 

Yokohama_012_2  横浜市消防音楽隊の素朴で素直な演奏で好感度高し。

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「BlueDal」は横浜生まれのダルメシアン犬。
お父さんのお父さんの、そのお父さんの、そのまたお父さんの祖先は150年前の横浜に、蒸気船で日本にやってきました。
その目立つ風貌を活かし、馬車の先導犬として活躍。斑点模様の美しい姿は、開港横浜の新しい気分を象徴して、横浜絵とよばれる瓦版にも登場する人気ものでした。
その子孫・ブルーダルは、ヨコハマ・カラーの青い色が大好きで、横浜の街で楽しく暮らしています。横浜へ来たら、きっと街のどこかで出会うでしょう。


ダルメシアンのジャケットは 横 浜 音 散 歩
 
オルゴールで聴く横浜のうたと立体音響で感じる横浜の音
 
山下公園 朝 船の音とホイッスル
one more time . one more chance  (山崎まさよし)
山下公園 マリーンルージュの出航
LOVE AFFAIR ~秘密のッデート (サザン・オールスターズ)
日本大通り バイク
いいね!横浜G30 (クレイジーケンバンド)
ぷかり桟橋 波の音
海を見ていた午後  (荒井由美)
ぷかり桟橋 シーバスの出航
よこはま・たそがれ (五木ひろし)
山下町交差点

恋人も濡れる街角
山下町バス停 元町・中華街 雨天
雨の横浜 (欧陽フィフィ)
横浜港大桟橋国際客船ターミナル ロイヤルウイングの出航
追いかけて横浜 (中島みゆき)
みなとみらい 横浜開港祭花火
ブルーライト・ヨコハマ (いしだあゆみ)
横浜赤レンガ倉庫 飛鳥Ⅱの出航
赤い靴                    ( )内は作品の歌唱者名で本人の歌ははいっていない

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クルーズ客船と横浜湾内クルーズ客船の汽笛
                      
飛鳥Ⅱ、 ぱしふぃっくびいなす、 にっぽん丸、 ふじ丸、
           ロイヤルウイング    マリーンルージュ
                       マリーンシャトル、  氷川丸

赤い靴を履いた女の子 シリーズから グリーティングカードのうちの4枚をchoice.

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横浜開港150周年記念切手シート   もったいなくて使えないね・・・・

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2009年6月19日 (金)

長崎は平戸へ 2

2009「平戸オランダ年」400周年記念事業の市内周遊定期観光バスに乗る。

3コースあり10時からの生月(いくつき)コースにのる。
利用料金は無料。ただし各コースに1つある有料施設の料金の500円は負担する。

ブルーの生月大橋を渡って島を一周する。
ボランティアのおばさんが案内してくれる。これがまたぜんぜん訛りがなく、要領よく説明してくれるのでよかった。
それにスカジャンを羽織っているのでなんとなく親しみがある。
「スカジャン着てますね」というと、スカジャンを着て島内を飛ばしている。この島はたった2つ信号機があるが、あってないようなものでバイクで走り回るためにこの島に来たと。
離島の生活はなかなか大変らしい。店が無いのでなにか買おうという気にもならない。あるものを野や海から採って来て食べていますと。

行月町博物館 島の館
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この島は捕鯨の盛んだったところ。3大捕鯨の町の1つ。
とともに、キリシタンの迫害の歴史もある。

ガスパル様 (クルスの丘公園) 

十字架を建て、1000人以上のキリシタンたちが大行進を行った歴史をもつ。
生月キリシタンの指導者だったガスパル(西玄可)の殉教史跡。
現在かくれキリシタンの末裔は500名いるそうだ。明治政府になり禁令が解かれても、潜伏時代の信仰形態は確立されていて、いまさらカトリックに戻れず、そのまま継承する隠れキリシタンとなった。
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大バエ灯台  ハエとは海に突き出した岩棚のこと
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塩俵の断崖  柱状節理がここにもあった。 
         塩俵(しおたわら)というのは断面が6角で塩俵の形に似ているため
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2時間半強のツアーを終えて平戸港交流センターに戻り解散し昼食。
漁港組合のやっている食堂で生簀から選んで料理してもらう。
烏賊を刺身に、あわびを焼いてもらった。

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松浦(まつら)資料博物館 

門の両側にはオランダ、英国両国旗がはためいている。
両国との交易が松浦藩の隆盛をもたらした。
資料はかなり多く、見て廻ると時間がかかった。
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市内のどこからも見える平戸城。
今回は少ししか見て廻ることができなかった。
キリシタン、教会関連も。
いつかまた来られる日に期待して・・・・・。

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2009年6月18日 (木)

長崎は平戸へ 1

2人がなにもカレンダーに書き込みのない日がやっとできて、『JRで行く 九州の温泉 駅長おすすめのゆ』 により 平戸温泉に行くことにした。

途中の鳥栖駅ホームで見た電車 青、赤、黄色 と楽しい。
やはり九州は鉄道大国だわ。
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新水前寺09:14に乗りリレーつばめ、特急みどりと乗り継いで佐世保。
松浦鉄道に乗り継いでたびら平戸口へ着いたのは13:44。

松浦鉄道に乗ってから食べたお弁当。

伊万里行きはがらがらでゆっくりお弁当が食べられた。
松浦鉄道は停車駅が多くて閉口した。
39キロを79分で走る。停車駅は27あった。あの清峰高校前という駅もあった。
付近住民の足ということがよくわかる。以前は国鉄だった。

翌日帰路で乗った時は高校生が沢山乗り降りした。
着ている制服が2,3種、乗ったり降りたり。   松浦鉄道路線図
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たびら平戸口駅は 「日本最西端しの駅」 だと。

平戸海上ホテルからお迎えが来ていて宿にチェックインしたのは14:00だった。
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部屋に入ると窓が船室のような造りで海一望、部屋が海に浮かんでいるような感じ。
3時になり温泉に浸かりに行く。
大浴場は廻りが水槽になっていて魚が泳いでいる。
2人ともこういう趣向はあまり好まない。
露天風呂はホテルの前の平戸瀬戸を一望できる。
せいせいして部屋に戻り露天の方が断然いいからと伝えると、連れ合いが行く。
帰ってきて言うことには、「倶梨伽羅モンモン」が若いのと年取ったのと2人いて、よう入らなかったという。
ああいうのは貸切露天にするべき。ホテルもああいうのを入れちゃいけないんだよ。
そんなこといっても服着てればわかんないじやない。長崎ってああいうのがいるとこなんだと
話はどんどん発展する。
翌朝になりつれあいが風呂に行くと露天のほうにくだんの2人が入っていて、仕方なく大浴場にいくと入っている人が数人いた。
やはりだれでも敬遠するんだなぁという。

翌朝、5時半ホテルの周囲を散歩に出る。
車寄せの前方になにやら道がある。 あじさいも咲いている。俄然、行ってみたくなった。
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深い森のなかの120段を上りきると立派な寺院があった。
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俊林山 雄香寺 とある。 松浦藩主の菩提寺ということが後でわかった。

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海は前面に広がっているはずだが、木々の繁る夏のことゆえ垣間見ることもできない。
あたりは静まりかえっていて鳥の声だけ。
秋には紅葉がすばらしいだろうと思う。
思ってもいない出会いと時間があって嬉しかった。

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2009年6月15日 (月)

島崎あたり

梅雨の中休み。立田山散策は足が無く行けないので、かねてより行こうと思っていた島崎方面へ。ちょうど新しい超低床電車、上熊本行が来た。
段山(だにやま)で下車、島崎の街中を歩く。
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どんどん歩くと山が近くなった。

叢桂園(そうけいえん)  バスで行くなら島崎5丁目 熊本交通センター9番乗り場から荒尾橋行き、三軒屋下車 

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釣耕園(ちょうこうえん)  叢桂園に隣接。
園内は木々と苔に覆われて湧水が池に集まる。

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石神山への案内板があり、行ってみることに。草深い坂を上り詰めて目の前に広がる風景にびっくりした。広いグラウンドがありなんとドッグ・ランが2つある。小型犬用もある。
グラウンドには自動車が2,3台あるが人っ子一人いない。
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こんなところに人が集まるのか。
グラウンド奥右手には石を切り出した後のような断崖が見える。
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サーフィンしているとこんな記事を目にした。

by tekotan-life より

総事業費は26億円。用地買収費は、17億4千万円。
石材会社には、移転・営業補償を含めて、13億8300万円が支払われているそうです。
バーベキュー広場の一回の使用料が800円、春夏の6ヶ月間の開設で200万円の収入見込?
本当にこんな収入は見込めるでしょうか?常時2名の監視員がおかれ、その費用は407万円。
「人件費407万ー収入見込み200万=○」は?えっ?足りないじゃん・・・・・ってことは、最初からこの公園を維持するために税金補填が・・・・・・・・。
一方では、熊本市の高い国保料のために、払うことができず、保険証が手元にない世帯は、一万世帯近く。県下14市で最高の国保料らしいです。 

このような事実がある?としたら、手放しでは喜べないと感じるのは私だけでしょうか?散歩する所がないからとか、遊べる所が出来たから良かったとか、単純に考えていいものか?公園収入の採算は果たしてとれるものでしょうか???疑問を感じます・・・・・・・・あと、公園の維持管理費も年間どれくらいかかるものなのでしょうか?
 
この公園は2007年4月完成したようだ。

こんなブログ記事もあった。 新聞で知ったのですが、熊本市内で「都市の代表的な公園」として熊本城公園に次ぐ二番目。
採石場跡地を買い取りそこを公園化してあり、かなりのお金(20億円超)がつぎ込まれているようです。さらに、その関係で裁判沙汰にもなったみたいで、なんだかんだで3年ほど開園が遅れたようです。実際見て、それだけのお金を掛けて作る価値があるのかは疑問に思いました

031_2 三賢堂は休園だった。

035 交通センター行きバス停は門の前にある。

叢桂園、釣耕園 ともに紅葉の名所という。
昨年の秋、紅葉を見に来られなかったので、若葉のころにと思い、それもかなわなくて、やっと来ることが出来た。
思ったより園内はちいさくて期待したほどでもなく・・・・・。
かくなる上は、紅葉であっと言わせて欲しいな。

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2009年6月 4日 (木)

映画 『トゥヤーの結婚』

Save0038_2  2006年 中国

21世紀初頭の中国内モンゴル自治区。
こういう世界がまだある。
砂漠化が進み羊の放牧も遠方へ々々と行かなくてはならなくなってきた。

水の調達もままならない荒れた原野。
水は数十キロ離れた井戸まで汲みにいかなくてはならない。
井戸掘りの事故で足が不自由になった夫の分まで働きながら貧困と闘うトゥヤーの生活は苦労の連続だが、2人の子供とともにたくましく生きている。

過労から腰を痛めたトゥヤーを見かねた夫のバータルは、彼女に離婚を切り出す。

自分だけでも彼女から離れれば、それだけトゥヤーの生活が楽になるだろうという気遣いから。
トゥヤーはこの申し出を受け入れ離婚をする。
自分と家族を養ってくれる男と再婚することを決心する。
だがその条件は、別れた夫バータルが自分や子供たちと同居することだった。
 
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Sub4 再婚を決心したトゥヤーのもとに、次々に結婚を申し込む男たちが現れる。
特に石油成金の幼なじみボロルが、十何年思いを寄せていたといい、結婚を申し出る。
この豊かな彼と結婚すればトゥヤーや2人の子供たちは救われる。
しかしバータルの同居ををどうしてものめないボロルはバータルを施設に預ける。
バータルは傷つき自殺をはかる。
いつも静かなトゥヤーは 「今ここで死んでくれ、自分と子供も一緒に死ぬ」と怒る。

そんな時、女房に駆け落ちを繰り返されている情けない隣人センゲーが1006498_01 トゥヤーのために井戸を掘り始める。
彼を心配して井戸にもぐってきたトゥヤーに、井戸の底でプロポーズをする。
トゥヤー一家に起こった全てを見ていたセンゲーは、彼女とー家全員を理解し愛している。
彼は心からバータルを受け入れてくれる男だった。

センゲーとトゥヤーの結婚式で、バータルは祝い酒を飲む…。この心境は複雑だ。
皆に祝福されるその日、トゥヤーは幸せとはいえない複雑な顔をしている。
外では子供が2人のとうちゃんがいるといじめられている。
どんな苦難にも凛然と立ち向かってきたトゥヤーは、部屋に逃げ込んで初めて泣く。

それは、結婚はしたけれど、前途多難であることを物語っている。

 07年ベルリン映画祭金熊賞受賞。

 外部リンク 内モンゴル

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2009年6月 2日 (火)

八代へ

0011 つれあいが阿蘇にパークゴルフにでかけたので、自分も思い立って八代に行くことにする。

花しょうぶのたよりがあちこちで聞かれる。

八代の 松浜軒も見ごろを期待して。

八代駅を降りたのは初めてのこと。

駅構内の観光案内でマップをもらい歩き出す。
中心部まで30分という。 熊本より車が少なくて静かな街だった。
マンホールの蓋もローカル。

002 市役所、図書館、城址などのエリアへかなり歩いた。
さいわい薄ぐもりのため、暑さはない。

八代城址を見て松濱軒へ。
正直いってちょっとがっかりした。思ったより狭くて花の数も何万本もあるとは思えなかった。

004 005  八代城址の石垣は不ぞろいの美。

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花も少なく、人もすくなく静かな庭園を後にして

021 住宅街のこんなお店「飯々珈々(ままかか)」で昼食をとり、てくてく本町通りを駅まで歩く。

松濱軒にはちょっぴりがっかりしたが、駅前まで来てこれこれ、これさえあれば八代に来た甲斐があろうというもの。
というのも、阪神百貨店にも「鮎屋三代」はあるが一味落ちる。
やっぱ、製造している本店のものが旨い。
これは九州の駅弁NO1を誇っていたが,ここ2年ばかり1位を[かれいがわ弁当]に取って代わられた。鮎のだしがしみたご飯はやはり美味しいです。
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今日の歩行は家をでて、家に帰るまで〆て17,271歩
でした。

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2009年6月 1日 (月)

さわ大OB3班日帰り旅行 日向へ

3_001 さわやか大学3班で読売バス日帰り旅行に行った。
参加者は男性4名、女性2名6人でツアーに加わった。

8:30交通センターを出て南阿蘇、日之影町、北方町、延岡市を経由して門川(かどかわ)11:50着。
南下して日向市に入った。

延岡市は山深いところの町で旭化成の企業城下町であることを知った。
「坊ちゃん」の中で漱石は延岡についてサルと人が半々に住んでいるといっている。また 「延岡と云えば山の中も山の中、大変な山の中だ。赤シャツの云うところによると船から上がって、一日、馬車へ乗って、宮崎へ行って、宮崎からまた一日、車へ乗らなくっては着けないそうだ。名前を聞いてさえ、開けた所とは思えない。」とも。
実際バスの窓からは山々が連なる奥のほうに市街地が垣間見えた。

日向はまぐり碁石の里で昼食。日向はまた碁石の産地だと。

日向岬・馬ヶ背  で珍しい柱状節理を見た。
日向灘もきれいだった。

高千穂・トンネルの駅は九州中央横断鉄道が完成をみなかったもので、神楽酒造の貯蔵庫になっている。
旧国鉄時代、高森線と高千穂線を結び、熊本ー延岡間を横断する計画だった。
工事中水脈を切ってしまい、トンネルの奥から大量に水が出た。
熊本県高森側にもトンネルを観光に利用している。


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高千穂トンネルの駅は神楽酒造の貯蔵庫になっていて、試飲コーナーもあり6人が一番喜んだところかも。
3_019 あれこれ試飲した。ほんわかいい気分になり、帰りのバスで眠った。
大型バスに35名、空きがあり、後部に陣取って、シートを一人で独占した。

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