映画 『山本五十六』
原作・「聯合艦隊指令長官 山本五十六」 半藤一利
監修 半藤一利
監 督 成島 出
特別監督 佛田 洋
特別協力 山本義正(五十六氏長男)
真珠湾攻撃によって太平洋戦争の火ぶたを切って落とした戦略家であると同時に、誰よりも開戦に反対する立場を主張した山本五十六の半生を描いたドラマ。
戦争スペクタクルやメッセージ性の強い反戦映画とは一線を画している。
実話ではあるが映画であるからエンターテインメント性が加味されている。
昭和14年の夏。2年前に始まった支那事変が泥沼化しつつあった。
陸軍が日独伊三国軍事同盟の締結を強く主張する中、海軍次官の山本五十六、海軍大臣の米内光正、事務局長の井上成美は、信念(自由、合理主義の良識派として海軍三羽烏とよばれた) を曲げる事なく同盟に反対の立場をとり続けていた。
日本がドイツと結べば、何倍もの国力を持つアメリカと戦争になる。それだけは何として避けなければならないと考えていた。
だが世界情勢は急転、第二次世界大戦が勃発してしまう。米国との戦争が避けられないと判断した日本は真珠湾攻撃の直前に米国に宣戦布告を行い、ハワイに集結している米軍の機動部隊を先制攻撃で叩くシナリオを実行。
結果的にワシントンで米国政府に宣戦布告の親書が渡ったのは攻撃の1時間後だった。
そのため「日本軍によるだまし討ち、テロだった」という汚点を残した。
また不幸なことにアメリカ軍太平洋艦隊の空母郡は真珠湾に停泊していなかった。
私には奇襲ということが理解できないでいたが、宣戦布告が手違いで間に合わなかったということは私の胸の中で少しは救いとなった。
真珠湾攻撃からすぐミッドウエー攻略を展開するがこの頃にはアメリカ軍は暗号解読に成功しており大敗する。ガダルカナルで戦い、司令部はラバウルに進出する。
長官は昭和18年4月18日ラバウル基地から部下の制止をことわり前線視察に出発、ブーゲンビル島の上空でアメリカの戦闘機の銃撃により即死した。
映画とは関係ないが、山本提督は1919~1923年、ハーバード大学に学び1925~1928年駐米日本大使館付となり知米派とみられていたが、米国側からみれば、親交を深めていたスパイであり先制テロ攻撃の首謀者という見方である。(鳥飼研究室WEBによると)
珍しく同伴で出かけた。一人で出かける心算であったが、お昼の用意がなく一緒に行き「壁の穴」でランチをとり映画を観ることが出来ると算段した。
じいさんの終わって出てきての一声は「音が大きくてかなわん、それに椅子に固定されて座るのもラクじゃない」。 とはいうものの「役所広司の山本五十六はよかった」という。私も好演だったと思う。
以前阿川弘之著「井上成美」を読んだことがあり、井上は退官後横須賀長井の山中に隠棲し、英語を教えていて、清貧な暮らしであったことを知ったが、この映画を観て「井上成美」と「山本五十六」がつながった。



























