カテゴリー「熊本あちらこちら」の記事

2009年6月15日 (月)

島崎あたり

梅雨の中休み。立田山散策は足が無く行けないので、かねてより行こうと思っていた島崎方面へ。ちょうど新しい超低床電車、上熊本行が来た。
段山(だにやま)で下車、島崎の街中を歩く。
002 静かで落ち着いた町。ほこりっぽくないのがいい。
どんどん歩くと山が近くなった。

叢桂園(そうけいえん)  バスで行くなら島崎5丁目 熊本交通センター9番乗り場から荒尾橋行き、三軒屋下車 

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釣耕園(ちょうこうえん)  叢桂園に隣接。
園内は木々と苔に覆われて湧水が池に集まる。

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石神山への案内板があり、行ってみることに。草深い坂を上り詰めて目の前に広がる風景にびっくりした。広いグラウンドがありなんとドッグ・ランが2つある。小型犬用もある。
グラウンドには自動車が2,3台あるが人っ子一人いない。
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こんなところに人が集まるのか。
グラウンド奥右手には石を切り出した後のような断崖が見える。
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サーフィンしているとこんな記事を目にした。

by tekotan-life より

総事業費は26億円。用地買収費は、17億4千万円。
石材会社には、移転・営業補償を含めて、13億8300万円が支払われているそうです。
バーベキュー広場の一回の使用料が800円、春夏の6ヶ月間の開設で200万円の収入見込?
本当にこんな収入は見込めるでしょうか?常時2名の監視員がおかれ、その費用は407万円。
「人件費407万ー収入見込み200万=○」は?えっ?足りないじゃん・・・・・ってことは、最初からこの公園を維持するために税金補填が・・・・・・・・。
一方では、熊本市の高い国保料のために、払うことができず、保険証が手元にない世帯は、一万世帯近く。県下14市で最高の国保料らしいです。 

このような事実がある?としたら、手放しでは喜べないと感じるのは私だけでしょうか?散歩する所がないからとか、遊べる所が出来たから良かったとか、単純に考えていいものか?公園収入の採算は果たしてとれるものでしょうか???疑問を感じます・・・・・・・・あと、公園の維持管理費も年間どれくらいかかるものなのでしょうか?
 
この公園は2007年4月完成したようだ。

こんなブログ記事もあった。 新聞で知ったのですが、熊本市内で「都市の代表的な公園」として熊本城公園に次ぐ二番目。
採石場跡地を買い取りそこを公園化してあり、かなりのお金(20億円超)がつぎ込まれているようです。さらに、その関係で裁判沙汰にもなったみたいで、なんだかんだで3年ほど開園が遅れたようです。実際見て、それだけのお金を掛けて作る価値があるのかは疑問に思いました

031_2 三賢堂は休園だった。

035 交通センター行きバス停は門の前にある。

叢桂園、釣耕園 ともに紅葉の名所という。
昨年の秋、紅葉を見に来られなかったので、若葉のころにと思い、それもかなわなくて、やっと来ることが出来た。
思ったより園内はちいさくて期待したほどでもなく・・・・・。
かくなる上は、紅葉であっと言わせて欲しいな。

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2009年2月 2日 (月)

本妙寺へ

22_009 春のような陽気にさそわれて、
ここのところ気力、体力の低迷が続いていたが家人が出かけたこともあり思い切って家を出た。

かねてより行きたいと思っていた本妙寺へ行くことにする。
国府電停より西の、その方を望むと雲ひとつなく晴れている。ちょうど上熊本行きの電車が来たのもなんだか嬉しい。
田崎行きだと辛島町で乗り換えなくちゃならない。
市電は何処まで行っても統一料金なので乗り換え時に車掌さんに証明してもらわないと乗り換え後の150円も払うことになる。
一手間が面倒に思える。                                                                          22_013

本妙寺は、加藤家の菩提寺で日蓮宗の名刹。
仁王門から参道を通り、胸突雁木(むなつきがんぎ)と呼ばれる176段の石段を登ると、加藤清正公をまつる浄池廟がある。

                          
                                  
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胸突雁木22_020_2

本妙寺本院

                                  

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この門の奥に浄池廟22_035_2 がある22_031_3

浄池廟から更に300段の石段を登ると、熊本市内を一望出来る裏山があり、清正公の銅像が街を見下ろしている。
加藤清正が築いた熊本市。先方に見えるなだらかな丘陵は立田山。毎週、散策にいくところ。

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銅像のある広場ではおばちゃんが3人でおしゃべりしながらお菓子など食べている。
その他には人も居ない。
銅像の裏に山道が続いており上ってみる。やわらかい陽がさんさんとあたって暖かい。
静かだ。
誰にも邪魔されない。
この空間を独り占めしているしあわせ。
なんと贅沢なことよ。
もっと奥まで登って行きたかったが、今日はその元気がちょっと不足。

てくてく来た道をもどり電車通りを越して右折すれば目指す「城の湯」
ゆっくり浸かって、少し休んで電車で戻る。

Mapserv

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2008年11月26日 (水)

街あるき 子飼商店街

1125_kokai_007 穏やかな日。
今日は一人が出かけたのでかねてより気になっていた
子飼商店街にでかける。水道町で下りて57号線を熊大方面に向かって歩く。
町の入り口に立っての感。
あら~ぁ、懐かしい。タイムスリップです。あの日奈久で温泉街の入り口に立った時が思い出されます。
狭い通路に小さい店がびっしり。ここなら車は通らないだろう、安心して歩けるとおもったが20キロ制限のマークがあるね。
運送屋が入るのかしら。車はおろか自転車も11:00~19:00までは乗り入れできません。
ここはこの手の旧い商店街の知っているうちでも一番「むかしっぽい」。道幅も一番狭い。
約400メートルの町並み。戦災に遭わなかったのでしょうね。戦後の闇市のなごりか。
通りには3つものお寺があった。
入り口のなわやさん(紅白の幕がしぶい)で白菜漬けを買う。
この洋品店、前を通る時おねぇさんが直立していてぎょっとした。見ると太ったマネキン。
びっくりするじゃないかえ。なにも悪いことしたわけじゃないけど。1125_kokai_008_2
                                                                         

                                                                           

                                                                           

                                                                         

                                                                                                           

                                                        恵工房 店先でミシンで縫い物をしている。
                   何を縫っているか見えてしまう。和服の生地でベストを作っていました。
                                                      その向こうの緑のテント屋根は生麩やさん
                       間口は一間あるかなしかが 連なっている。1125_kokai_009   

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     このお米屋さんの店先には豆がたくさん並んでいる。とてもいい品質にみえる。買いたいのを我慢、我慢。
なぜならこの後、新市街にいってdenkikanで「わが教え子ヒットラー」をみるから。                                                     

                                  
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「麦麹あります」
「甘酒麹本日入荷!」 「自然の甘酒のつくり方おしえます」と。
こういうのってスーパーにはないよね。          

                                  

                                   
1125_kokai_013_2 おばちゃんたちの品定め。
1125_kokai_0141_3 魚屋さん。
ひらめが200円台
もうびっくり。
買いたいけれど、映画館にもってけないよね。
昆布のいいのがあったので干椎茸と
一緒に買いました。

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こんなしぶ~い、お店というより元お店もありました。なんといっても屋根がしぶい。棚には商品じゃないものがのっている。

                                 

                                  

                                  

1125_kokai_016_4 こんな民家も懐かしい感じ。
ぶらぶらと両側をみながら来た道を戻る。57号に出て、新市街にむかって歩く。
きょうの歩行は1万2000歩。

「歩いてみよう」

   

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2008年11月18日 (火)

涅槃像と久木野庵

1112_006_2 11月12,13日は雲ひとつ無いすばらしい秋晴れだった。南小国町満願寺へ向かう。

                                   

                                 

                                 

                                   

兜岩展望所から 南阿蘇村。
四方を山に囲まれている。何万年も前、水が覆っていたことを想う。ひとびとが住みはじめて営々と暮らしてきた日々。

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1112_022_2 大観望から涅槃像
お釈迦様が横たわっておられるすがた。ちょっとかすんでいて駄目かなと思ったけれどなんとか輪郭は出ていた。画面中央は阿蘇市内牧温泉。

                                                       
                                                       

阿蘇へ来たらここ。
お客様を阿蘇へ案内した時はここを外せない。
御蕎麦のおいしい久木野庵
店のしつらえも店の人の応対も良し。

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2008年9月 6日 (土)

阿蘇カルデラ 空からみたら

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阿蘇のカルデラって上空から見るとどんなふうになってるんだろう。

世界一のカルデラ。

その様子がよくわかる画をみつけたので、ここに保存する。

阿蘇を車で走っていても、余りに広いので、カルデラの中を行っているとは感じない。
平野をどこまでも走っているようだ。

クリックすると大きくなって字が読める。
                   
が、縮小していないので大きくなりすぎる。
で、ディスプレイの拡大レベルの変更を50%にするとよい。 全体も字も読める。

阿蘇カルデラ                                                  

阿蘇カルデラ唯一の切れ目、立野火口瀬

カルデラってなに
 
「カルデラ」とは、ポルトガル語で「大きな鍋」という意味で、火口より大きい火山性の凹地のことをいいます。では、
火口とカルデラはどう違うのかというと、そのでき方ではなく、大きさで区別されます。
普通、火口の大きさは直径1kmを超えないといわれていますが、それよりもはるかに大きい火山性の凹地をカルデラと呼んでいるのです。
そして、カルデラを伴う火山を「カルデラ火山」と呼んでいます。

阿蘇カルデラってどうやってできた
 
阿蘇火山は、巨大なカルデラを持つ典型的なカルデラ火山で、そのカルデラの大きさは、
南北約25km東西約18km面積は約380平方kmにもなります。

 阿蘇火山は、27万年前から9万年前までに4回、巨大な火砕流(高温のガスと粉体の混合物)を主とする噴火をしていることが分かっています。

この噴火は、古い方から「阿蘇ー1」、「阿蘇ー2」、「阿蘇ー3」、「阿蘇ー4」と名前が付いていて、それぞれの噴火には、数万年というかなり長い時間間隔があったことも分かっています。
「阿蘇ー1」から「阿蘇ー4」までを重ね合わせた厚さは、200mを超えるところもあり、特に「阿蘇ー4」の火砕流は、大きいものでした。

火砕流は阿蘇火山から広がって海岸に達し、さらに海を渡って島原半島、天草下島や山口県まで届いている。

さらに、「阿蘇ー4」火砕流の噴火に伴う火山灰が、北海道東部で厚さ15cmの堆積物として確認されていて、噴火がいかに大きかったかが分かります。
これらの大きな4回の噴火により、そのつど陥没カルデラが生じ、現在の阿蘇カルデラができたと考えられています。

火口瀬って何
 火口瀬とは、『火口やカルデラの縁の一部が切れて、降水が外へ排出されるようになった谷のこと』をいいます。
つまり、阿蘇カルデラ内に降った雨は、立野火口瀬を通ってカルデラの外へ流れ出ているのです。

阿蘇カルデラには2つの火口瀬がある!

阿蘇カルデラには、2つの火口瀬があります。
国道57号やJR立野駅がある台地は、外輪山を切ってできた谷の中にできていて、この谷が古い火口瀬(古火口瀬)です。

もう1つの火口瀬は、現在見られる立野火口瀬で、阿蘇谷からの黒川と南郷谷からの白川が合流する戸下から白川の流れに沿って西に延びています。
上流側から見て、白川の右側が中央火口丘群の溶岩、左側が先阿蘇火山岩類(阿蘇火山より古い岩石)でできた北向山です。

火口瀬はどうやってできた
 
一の宮町史によると、古火口瀬付近には、多くの活断層
(最近の地質時代に繰り返し活動していることから将来も活動すると推定される断層)があり、中でも2つの断層が目立っています。
1つは南西から北向山の北側を通り戸下へ続く北向山断層で、
もう1つは大津町付近から東方に延びて火口瀬に入っていく断層です。
この2つの断層にはさまれた部分が、東西にのびてまわりより低くなり、火口瀬になったと考えられます。

  立野火口瀬 06002126_0032tatenokakouze_l1_3



 

                                                    

                                                          

                                          古立野火口瀬 

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2008年5月16日 (金)

樟若葉 9   熊本城の天守閣から

5月16日、来客と熊本城に行き、天守閣に上った。
天守閣からみる樟もまことに綺麗であった。

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 2008/05/13 水前寺競技場あたり

    05/11 ご近所の

    05/09 お城のまわりで

    05/07 ご近所で

    05/07 お城のまわりの

    05/03 お城のまわりへ

    05/03  藤崎台のクスノキ群

    04/19 花畑公園

    04/07 出水小

 

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2008年5月14日 (水)

徳富記念園のカタルパの花

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徳富記念園  (大江4-10)は
徳富兄弟が幼少時代を過ごした場所。 維新の後、熊本藩庁に勤務する父に連れられて明治3年水俣から移り住んだ。
蘇峰が創設した大江義塾のあった所でもある。
奥にある徳富記念館は兄弟の著書、遺品などを展示してある。

これは余談だけれど、逗子と蘆花は関連も多く、逗子海岸の海中には蘆花の不如帰の碑が立っており、浪子不動もあるし、蘆花公園もあるので080514_011_2なにか所縁があるものが多くあるかと思ったが、意外と無かった。
他所に関するの資料はあんまり丁寧じゃないのかも。

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奥が114774213515522773 080514_025_2 記念館        

当時からある椎の古木。蘇峰の手植えとか。

080514_016  樟や椎の古木に埋もれた庭園の中に カタルパ  の花が咲き始めた。左は3世。

「カタルパ」は英名。
和名は
「アメリカキササゲ」
北アメリカ原産。
080514_013 温暖な気候でないと花をつけない日本では珍しい木という。

カタルパの日本上陸は、明治18年頃に
新島 襄がアメリカから種子を持ち帰り、徳富蘇峰など師弟に贈ったのが始まりとか。

その種から育った木が、
同志社をはじめ、全国のいくつかの場所で育っている。
ここ徳富記念園には,2、,3、4世が4本ある。

後に蘇峰が住んだ大田区の「山王草堂」には3代目が
4代目は2006年6月、同志社小学校へ徳富記念館から寄贈されたとある。

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2008年5月13日 (火)

樟若葉 8 水前寺競技場あたりまで

またまた樟です。
自分でも少しあきれている。
通りがかりに、ちらっと、繁っていたり光っていたりするのを見かけると行って見たくなる。

今回はご近所とは少し距離がある、県営グラウンドの樟。 自転車で10分ぐらい漕いで行く。
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県営グラウンド正門。
競技が行われていて車の交通整理をしている。

080513_kusu_0101 ここにもかなりの樟が林になっている。
  

080513_kusu_0081_2 080513_kusu_0141 林の下はちょっとした散策路。

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080513_kusu_0111 グラウンドの道路を挟んだ向かい側にもある樟の林。

熊本テルサの方へも廻ってみた。

080513_kusu_023 テルサの正面入り口側の樟並木。

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080513_kusu_032_2  砂取小学校
の正門横の1本樟。
遠くからも
見えています。

080513_kusu_027 砂取小の前から市立体育館の森を見て。
ここにもかなりの樟がある。

勿論この向こうにケヤキの林もある。

080513_kusu_030 体育館の電車通りに近いところの樟。
この木は特に色が明るい。

080513_kusu_0311 花をびっしり
つけて美しい。

080513_kusu_033 市立体育館前電停の歩道橋の上から。
この林の下は水前寺児童公園。
林の左手が県立図書館、それに続く市立体育館がある。
下の川は藻器堀川。

おもえば、4月7日に出水小学校の桜の横にあるに樟が新芽を出して美しかったのを見て
以来、はや1ヶ月以上が経っている。

それからはあちこちで写真を撮った。 
春初めのころは前年の葉が落ちて、柔らかな新芽が噴き出した美しさ。
ほんのりと紅色をしていた。
少しづつ緑を濃くしていって、いま花を枝一杯に付けて、また美しい姿を見せてくれている。

縦横無尽大きく張った枝の先に、葉がひらひらと風にそよぎ、きらきらと光るのを見るのは楽しい。

0511ezuko_higashidoro_013_2

それって私に何を残した?
なんにも。 
ただ写真を撮りたかった。
他の木々よりも、樟の生命力に特に惹かれたかな。

 というのは中国名。
 は樟の和名。南国(九州) の木という意味。  

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2008年5月11日 (日)

樟若葉 7 ご近所で

よく晴れて風がすこしひんやりとする。
ここ2,3日季節が戻ったような。

樟若葉をもとめて江津湖の左岸道路へ出かける。

なにやらみかけないものが見えてきた。               
0511ezuko_higashidoro_007 びっしり木を覆い尽くすこの花は
なに? テイカカズラというものらしい。

0511ezuko_higashidoro_009  

0511ezuko_higashidoro_015 この大きな樟は威風堂々。
ボートハウスの駐車場の車に日影を提供している。

いま、樟の枝は花ざかり。

0511ezuko_higashidoro_013_2
                      

0511ezuko_higashidoro_018_3   

0511ezuko_higashidoro_020

先ごろクレーン車で大掛かりな伐採を
した樟。
枝が住宅に落下するのを防ぐためらしい。
でも、緑陰も失ってしまう。
この道を通るのが好きでしたが・・・。
切られないのを祈っていますが。

0511ezuko_higashidoro_021 江津湖の中ノ島をみると、樟が茂っている。

今日は日曜で子供たちのボート教室でもあるようで・・・・。

0511ezuko_higashidoro_034_2 あちらに も樟の林。

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2008年5月 9日 (金)

樟若葉 6 ふたたびお城のまわりで 

高田焼竜元窯作陶展を見に熊本県伝統工芸館へでかけた。
お昼の用意がいらないので午前中から出かけることが出来た。

高田焼は以前からとても気になっている焼き物で、欲しいなと思う気持ちは募るけど・・・・。

0509_0031 工芸館の入り口を出ると目の前に天守閣がそびえていた。
今まで見上げることも無かったけどね。

樟の若葉がうつくしく繁っているではないか。

あいにく、曇り空で 若葉が光っていないのが惜しい。

それからはもう樟一辺倒で。

0509_006 工芸館から新緑を愛でながら下る。

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0509_013 左に見える坂はNHKへ続く。


 

0509_020千葉城橋へくだる途中、お城を振り返ると。                                                     

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もう終わってしまったつつじが少し見えている奥の高台にNHK.。

                      今日も新緑を楽しみました。

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2008年5月 7日 (水)

樟若葉 5  ご近所で

家を出て5分ぐらいのところの 「椿苑」 という国府1丁目緑地公園。
かなり広くて3,876㎡もある。
JR豊肥線の新水前寺駅へ行くときはここを通って行く。電車どおりへ出て真っ直ぐ行けば近いが住宅の樹木やこんな公園の脇を通るのがいい。
新芽は日に々々緑を濃くしてきた。

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Sonota_008 朝なので学生たちが通る。

ここを真っ直ぐ行って左折して
少し歩けば駅。

Sonota_011 藤棚もすっかり葉が覆って。

Sonota_013 夏はすずしい木陰をつくる。

Sonota_020 樟に挟まれたこの木なんの木。

新芽があかい。

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樟若葉 4 お城のまわりで 

すでに初夏です。よく晴れました。

お城の直ぐ前、市役所14階に上りました。

今年は熊本城400年祭、本丸御殿ができました。天守閣が小さくなったように感じます。

0032_3 下のほうにもっと樟の緑が広がっているのに、柵が邪魔をして入らないのがくやしい。

008  すこしカメラを左に向けました。

010_5 行幸橋のたもとの清正公銅像。
桜と清正公は常道ですが(私も撮りました)
きょうは緑したたる樟をバックのお殿様す。

桜より樟の若葉がより似合うように思うのですが。

昨日で熊本城400年祭が終わってしまったので、ここもあまり観光客がいません。

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2008年5月 3日 (土)

藤崎台のクスノキ群

20080503_038_2 20080503_024藤崎台球場のクスノキ群 だけをまとめた。
見事なクスノキです。

2007年2月19日に初めてここを訪れて見て、圧倒された。
何時も思うこと、木霊がひそんでいるんじゃなかろうか・・・。

今回は新緑がまぶしい。

どの影像も捨てられません。


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20080503_026 20080503_028 20080503_029 20080503_030 20080503_031 20080503_032 20080503_033_2 20080503_034 20080503_035 20080503_036 20080503_037_2 20080503_029_2 20080503_039

20080503_040_2

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樟若葉 3 お城のまわりへ 

樟の若葉をもとめて、お城の周りを歩いた。
お天気もよく、いっきに初夏。
熊本は春が短い。

樟の写真をとりまくり夢中で歩いた。
何故って? あの樟の若葉のもくもくと茂る様子に惹かれるから。
20080503_013                        
市役所前でバスを降りて、坪井川に沿って長塀を見ながら行幸橋へ。

長塀の向こう、城内の樟 をまず1枚。

20080503_017 観光客が多い行幸橋をわたる。

20080503_059 20080503_019_2_2
ここから桜橋へ新緑のなかの散策道。乳母車の親子。
                       

20080503_022桜橋を渡り、ゆるい坂をあがって、第一高校の脇も樟並木。
20080503_042

清爽園を通り藤崎台をめざす。20080503_047
あふれる若緑。

藤崎台のクスノキ群にも勿論足を延ばしたが、ページを別にした。

20080503_045 護国神社の境内からお城のほうを見て。

20080503_048 護国神社から二の丸方面へ。

20080503_049 二の丸広場に着いた。
彼方に樟若葉が光る。

20080503_050

20080503_051 加藤神社の樟の森。

20080503_052 加藤神社のまえを通って、樟若葉の群の下が、頬当御門。

20080503_053 みゆき坂をおりる。

20080503_054 坂の途中。

                                                 

                                             

20080503_057 備前掘。

20080503_056_2 大きく枝をのばした先に 花ですか?

20080503_061

 交通センター前から天守閣を見て。

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2008年5月 1日 (木)

ご近所の 新緑 

20080503_003 市立体育館前庭 のケヤキの並木。

ケヤキは好きな木のひとつ。空高く伸びてくれる。この木はまだまだ若い。
何年か後、大木になったところが見たいです。

車椅子で散歩のひと、ベンチで憩う人
あり。ここは緑のオアシス。

20080503_002 この奥が体育館の正面玄関。
プールは緑のシャワーを浴びてから。

20080503_004 夏には緑陰を提供してくれます。

20080503_001_2 出水小学校の樟。
こんなに茂った。
幹の太さのわりに枝を張らないのは道路脇で枝を整理するからでしょか。もっともっと大きく広がるハズです。

Sonota_006 同じく出水小の樟と木犀と榎とそのむこうはもろもろの木。

 20080503_006

なんの木か判らないけど気になる木。水前寺児童公園の脇の藻器堀川に張り出している。
春には大きく茂って1本で家屋を覆ってしまう。

20080503_010
新緑に埋もれてしまったお宅。

0508_001 もう少し下で。

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2008年4月19日 (土)

樟若葉 2 花畑公園

001 流しで洗い物をしながら、何時も目をやるベランダの向こう。
樟の若葉が光る。

ベランダに出て、もう一度見ないとおさまらない。右手下にも屋敷林がひろがり樟も混じって茂っている。

今が一番うつくしい時。

002

 

                                                         

                                                         

午後
新市街の CINE PARADAISE に 『レンブラントの夜警』を見に出かけた。
樟の大木が見たくなった。早めに家を出て、『花畑公園の樟』 を見ることにした。花畑公園は市の中心街にある公園。
公園は旧代継神社で、樟はご神木であった(幹にしめ飾りが) が昭和20年の戦禍にも緑を残したという。
市指定の天然記念物で、1本で森を作っている。
樹齢推定650年、幹周7m、樹高29m。

熊本は漱石が赴任して「森の都」といった。
当時はもっと木々が深かったのか知らん。こちらに来るまでは「森の都」といえば仙台ぐらいしか思い浮かばなかった。しかし、この時期やっぱり熊本は森の都だったとおもう。

熊本は特に樟は多く、県の木でもある。
熊本城内をはじめ、いたるところに見られる。街路樹にもなっている。
大きく枝を張り出して豊かな緑を楽しませてくれる。
今、見かける若葉は力強く繁茂して私を感動させる。

樟の巨木は記念樹に指定されたものが県内あちらこちらにある。   その一つがこの樟。                
003

『森の都たる森の基礎となったのは城下町の屋敷林を構成する雑多な樹木だった。

その中でも、大きく育つエノキやムクノキなどと共に、冬も葉を落とさないクスノキが緑の重要な要素になっている。

明治10年の西南戦争で焼失した市街地の緑化に大きな貢献した河喜多義男という人の尽力がある。

なかでも、クスノキは香り高く、用途が広く防虫用や樟脳の原料になるなどに着目し推奨した。
その他ケヤキ、サクラ、イチョウ、クルミなど20万本に及ぶという。成長したクスノキは収益をもたらした。

植樹を始めた初期のものは,100年ほどに樹齢を重ねているので,熊本市や周辺で二抱え以上もあるクスノキは河喜多父子二代の植樹であろうといわれている』

                                  (熊本県関連情報サイトから抜粋)
011

ひまをみて新緑のクスノキの巨木を訪ねたいと思っている。
藤崎台球場のクスノキ群は、目にしたとき、木霊が宿っているかに思えた。
その大きさに驚きというよりおそれに近い感じだった。
お城にも沢山のクスノキが待っている。

016
                                                         



 

    

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2008年4月 7日 (月)

樟若葉 1  出水小学校

0231_2

昨夜から降った雨がお昼にあがり、遠くの南の山に雲が湧いてきた。

出水小学校の通りの桜、榎の芽吹き、楠若葉。 

 窓から見えるいつもの風景なれど。

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2007年12月 1日 (土)

熊本さるく 城下町ぶらぶらコース

熊本さるく  コースNO.4 城下町きゃぁめぐろ に行ってみた。
 市電「洗場橋」集合、出発10時 同行者4人のご婦人。

001 市電 洗馬橋駅  たぬきの親子が出迎える。

004 洗馬橋 から 辛島町方面を見る。
架かっている橋は 「あんたがたどこさ」 ゆかりの船場橋。
 下に流れるのは坪井川。

市電の駅は 「洗場橋
川に架かる橋は 「船場橋

全国的に愛唱されている手まり唄「あんたがたどこさ」。
その舞台は明らかに熊本です。唄に登場する「船場川」(せんばがわ)は、現在の熊本城の長塀に沿って流れる「坪井川」のことで、船場の地名は、熊本市船場町下1丁目、船場町2丁目、3丁目や船場橋として残っています。

昔、この坪井川の両岸に船着き場があったので「船場」の名前が生まれたといわれています。
唄が作られた当時は、清流の中に小エビも群れていて、また、周りには「船場山」と唄われているように、狸が出没していたのかもしれません。
現在、坪井川にかかる「船場橋」の欄干には狸とエビがしっかり乗っています。
Photo Photo_2

エビ とたぬきの作り物が橋の欄干に乗っている。

                 

                 

                 

                  

橋のたもと 右手に画材の老舗 文林堂。
しばらく行くと 
太平燕 がおいしい 会楽園がある。

005 ばんざい饅頭 帰りによって買おうと思っていたのに
   寄るのを忘れて・・・・。

006 明十橋を渡って・・・

007                                                 
明十橋のたもとの旧第一銀行
大正八年製国指定登録文化財
現在、ピーエス・オランジュリ という会社の所有。
ガラス戸から覗いてみたところ、働いているひと影が
見えなかったけど・・・・。

Photo

天草 通詞島で作っている 「ソルト・ファーム」 で
天日古代塩(釜炊き)200g1袋購入。(600円)

最近は天日干がなかなかむずかしく、釜で炊く方向とか。
 この塩をつかっておにぎりを作るのが楽しみ。                                
 女店主は以前県民カレッジで、そのご苦労話をされた。                    
                     

011 ナチュラル・ハーモニーは」自然食の店。
ゴールしてから戻り、3人組の人と一緒にここで無農薬野菜の定食(1260円)をいただく。

 以前、恵子母子と行ったレストラン「塩・胡椒」はお隣だった。                               

                        ナチュラル・ハーモニーの向かい、履物の「武蔵屋」
013 1

竹皮で編んだスリッパを購入。
素足に履くと健康によろしい。(4000円)
他にもきれいな鼻緒の草履など、みんなほしいものばかり。

明八橋を渡って「松石パン」 で コーヒータイム。
お菓子とコーヒーをいただき一休み。

015 016

こんな町並み
をあるいて・・・

017

   芥子レンコンも買いました。                              

019_2 020_2 長崎次郎書店(赤い本の字)  
ここでは官公庁納入を扱う。

市電   新町電停

                                                                                        

   

  

     

 

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吉田松花堂 毒消丸を買いました(600円)海外旅行に必携とか。

Kusuri_002

                         

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古色蒼然たる衝立の奥から
店主が毒消丸をもって現れた。

ボランティアガイドさんがお庭を見せていただけませんかと聞いてくれたがNOでした。立派なお庭なんでしょうね。023

024 兵庫屋本店
は100年以上続く味噌、醤油の醸造元。

035兵庫屋さんのパンフレット。
なかなかおしゃれ。

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カラコロバーガーの村上からしレンコン店

029_2 市電「段山がゴール。

ちかくの三面地蔵もみました。

「後象嵌の 光助」 にもより、じっくり見定めたが、どなたも購入はまたの機会のようでした。

この町は古民家をいかして、新しい感覚の店舗を展開したりして、町おこしをしている。
裏を坪井川が流れて、なかなか風情がある店もある。
人を沢山呼び込めるだろうか。はたまた観光客をも。

                                                        

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2007年11月25日 (日)

県庁の銀杏並木 その後

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11月25日の午前10時、県庁プロムナード

青い空とこの黄色のコントラストはどうだ!

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2007年7月25日 (水)

阿蘇谷の湧水めぐり

熊本電波専門高等学校の市民向け教養講座 「熊本の湧き水とくらし~阿蘇谷の湧泉めぐり」に参加したのは19/3/17。
阿蘇市(旧一宮町、阿蘇町)の小さな湧水がひとびとの暮らしにかかわっているのを見て歩いた。
村の鎮守、神社には古い大木(主に杉)があり、そのかたわらにいつも湧水があった。
民家の軒先には湧水があって、以前は飲用から、生活用水に使用していたのもみせてもらった。
先生方の足で稼いだ地道な研究の公開であったが、先生方が水源を見せてもらいに行くと、当時は飲用にしていただけに、警戒心をもたれて教えてもらえなかったことなど01 、苦労話をされた。
阿蘇神社の湧水、手野の湧水、年の神水源、ビラパークホテルの庭園にも湧水があった。

写真は阿蘇神社

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南郷谷の水源めぐり

Ikeyama_suigenn_2 19/7/24  里山あるき7月例会。
産山村をたずね、「池山水源」 と「 山吹水源」 に行った。
これでおもな水源は行ってみたかな。
「白川水源」 は熊本に来て間もないとき、先にこちらに来ていた恵子の案内で行った。その湧水量(毎分60t)におどろいた。

19/4/7には、 JRちょい旅ウォーキング「春の阿蘇、一心行の大桜と水源めぐり」 で、
「池の川水源」「湧沢津水源(わきさわづ)」「寺坂水源」「川地後湧水地」「塩井社水源」 をたずねた。
「明神池水源」 は阿蘇をさるく会でおとずれたし、
「揺るが池」 は、ボトルを持って、水を汲みに行った。 
小国町の「けやき水源」 は「くまもと緑の探検隊」 の巨木を尋ねるツアーでケヤキと
両方を見ることができた。 
 
まだまだほかに阿蘇には小さい湧水もたくさんあって、いかに水の豊かな国であることかが、わかる。      右上は池山水源。
 左下は山吹水源。 こちらは鬱蒼とした原生林のなかを歩き、たどりついた先の湧水は
 とても神秘的だった。

Yamabuki_suige_n_1 Yamabuki_suigen_2

                                   

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2007年6月 1日 (金)

麻生原のキンモクセイ

Kinnmokusei 佐俣の湯 の帰りに 上益城郡甲佐町麻生原(あそうばる)の キンモクセイを見に行ったのは、17/10/7のこと。熊本に向かって443号線を走り左折して甲佐大橋を渡るとすぐ。

国指定天然記念物   推定樹齢 770年。
高さ 20m     幹囲 2.7m

木はかなり老朽化しているが、まだまだ花をつけている。花の最盛期には下ったところの緑川を越えて対岸まで香るという。
休憩所が出来ていて、地元の人たちのお茶の接待があり、長老が説明をしてくれた。
麻生原部落は現在18戸という。小公園になっているこの場所は、眼下に甲佐の家並みがみえる。
お茶の接待をしてくれるおばちゃんは、
「ここは甲佐の軽井沢です」 という。
静かな山郷はゆったりした気持ちにしてくれる。

Photo

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大野下の大蘇鉄

Oosotetu 里山あるき 5月例会 (07/05/15)
は 岱明町散策  
玉名郡岱明町大野下(おおのしも)の大蘇鉄 を見に行く。
日本一といわれた大蘇鉄は 国指定天然記念物。
樹齢(推定)1000年。 幹囲 11m。樹高 4.5m。
一見数株が寄って繁茂しているように見えるが1株より分枝したもので、稀有らしい。     
 所有者は祖先より受け継いで 蘇鉄 秀夫氏で16代目。

蘇鉄の精が白蛇の姿をしているとか、留守に家の中で機をおる音を立てて泥棒を防いだとか 不思議なはなしが伝わってる。

里山あるきでは、バスで移動したが、JR利用だと
鹿児島本線 大野下駅から徒歩10分。

314r_01map                           

                         

                                                                    2007_05200002_4

大野下駅                                    

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