カテゴリー「小旅行」の記事

2009年11月 3日 (火)

かみましき「おもてなしの旅」

九州産交のバスツアー *上益城(かみましき)地域は熊本市に隣接しながらも、歴史・文化・自然など数多くの見所のある奥座敷です。この上益城を一周し当地の食などを楽しみます*
と案内にある。後日もう一つコースがあるが鮎と浮島さんのある此方にした。

「新幹線くまもと創りプロジェクト上益城地域推進本部」 から男性が一人付きました。
今熊本は新幹線開通によりいかに経済効果をあげるか、北上、南下の際に熊本を素通りされないよう知事はじめ県が一体になって取り組んでいる。
この企画も県外からのお客様に来ていただけるよう「おもてなしの旅」ということのリサーチのようだ。
それでも無料ではありません。2人分7千円支払いました。
あとで簡単なアンケートも出しました。
1103_031 福馬果樹園  温室栽培のシンデレラ大秋という柿を試食、柿の入ったアイスを頂きました。
柿も見事、価格にびっくり。

1103_035 四賢婦人記念館  矢島家代々の家屋。肥後の猛婦、四賢夫人と称される矢島姉妹の家。
以外といえば以外、小さな家でありました。
徳富蘇峰生家とありますが、実家に戻ってお産をした故に生家となっているよう。

1103_036 虹の大橋  益城町~御船町~甲佐町を結ぶ広域農道に架かる。
まだ周知されておらづか、車を見たのは3,4台だけ。
莫大な費用が掛かったことが推察される。
民主党政府からストップが掛かるのではと心配する人あり。     
お役所の人はあとすこしで繋がるからまづ大丈夫でしょうと。

御船町(みふねまち)恐竜博物館
31年前小学生が見つけてミフネの名がついた肉食恐竜化石ミフネリュウ。
下の写真はミフネリュウかはわかりません。
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やな場 で昼食  40名の団体さまご予約ゆえ塩焼きも冷めたくなっていて
 とても残念。 
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清和文楽館  文楽鑑賞・資料館見学

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清和文楽は初めて観た。
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舞台は撮影禁止。芝居の前に人形の動かし方の説明があった。
出し物は「日高川入相花王」渡し場の段。清姫が大蛇になって川を渡るところは見ごたえあり。結構楽しめました。 天井が見事。

通潤橋 (水の通る石橋・水道橋) 国重要文化財 現地語り部がついて説明してくれる。秋の陽に映える棚田。1103_067 1103_058

通潤酒造 築230年の造り酒屋 建物は年期が入り、案内の何代目かの社長さんが旦那衆らしい、いい表情で印象的でした。
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浮島周辺水辺公園  日が暮れて暗くなってしまったので通過。
「六嘉湧水軍・浮島」 平成の名水百選に選定される。
池の中央に浮かんでいるようにみえるという熊野座神社。
実はここが一番行ってみたいところだった。

近場でもなかなか行く機会がなく、足がなければなお更のこと。
バスで効率よく廻ってくれれば、郷土をよりよく知ることができるし、楽しい一日を過ごすことができる。
  

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2009年9月13日 (日)

天ヶ瀬温泉へ行く

天瀬温泉は大分県日田市天ヶ瀬。
熊本駅9:28 リレーつばめ に乗り、久留米で久大本線 ゆふいんの森3号に乗りかえる。
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丁度お昼に天ケ瀬駅に着く。降りたのは私たちと親娘の4人だけ。
駅の向かいの「一番列車」で昼食。
田舎のおかぁさんたちの手つくり食事処。
とろろ飯とだご汁に小鉢が沢山のセット。

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お腹ができたので13:00発の あまがせ花バス ミニツアーに乗る
なんとお客はわれわれ2人だけ。 タクシーのような贅沢さ。(チケット1000円)

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慈恩の滝・観音の滝・フラワーパークあまがせ・高塚愛宕地蔵尊・藪不動尊と廻る。
あちらこちら、遠くに点在するのでバスはただ走っている。
何処といって観光目玉がないので、見せ所をつくるのに苦労しているのがわかる。
いずれもそこそこ後にして、3時に旅館の玄関で下ろしてもらった。

2009091112_035_2  翌日、チェックアウトをして日田市豆田町へよることにする。
 江戸時代から天領で古い町並みが残る。

 日田駅に降りると雨が降り出し、かなり強く降る中、町を散策する。
  
 自分は以前バスツアーで来たことがあるし、
 雨なので同行者が喜ぶ薫長酒造へご案内。
 
「麦屋」という通りから奥まった店の美味しいお蕎麦を食べた。

 

 

帰路は、乗ってみたいがために時間を早めた YUHU DELUXE で久留米。
この黄色がたまらない。 首都圏なら顰蹙をかいそうな気もするが・・・・。

                由布デラックスの勇姿。

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久留米でこれも初めて乗る ARIAKE に乗り換えて熊本まで。
ARIAKE は新水前寺駅でもよく見かける。 このロゴがいいなぁ。
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2009091112_045 久留米駅で面白いものを見つけた。
  [SUIKA] ならぬ [SUGOKA.]

 九州の人たちは 「こら すごか~」 と言うでしょうか。

天ヶ瀬温泉は湯布院の行き帰りに見た温泉場。
鄙びていて、何時か行ってみたいと思っていた。
玖珠川をはさんで旅館が並び、杖立温泉に似ている。
列車の窓から見ていたのは、川向こうの旅館だけだったことがわかった。
右手の線路側の方にほとんどの旅館が並ぶ。

漠然と思い描いていた情景が実際その地に立ってみると、ぼうっとしていたものがはっきりと見えたような感覚になる。現実がここにある。
初めて行くところはいつも感じることだ。
それからはすっかり自分のものになって記憶に加わる。

行ったことのない処へ行くことのなんと楽しいことよ。

18軒すべての旅館が掛け流し。
川べりには5つの露天風呂がある。缶に100円をいれて入る。Amagaseo011  温泉全景  川の右手に久大本線が走る。
                           

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2009年6月19日 (金)

長崎は平戸へ 2

2009「平戸オランダ年」400周年記念事業の市内周遊定期観光バスに乗る。

3コースあり10時からの生月(いくつき)コースにのる。
利用料金は無料。ただし各コースに1つある有料施設の料金の500円は負担する。

ブルーの生月大橋を渡って島を一周する。
ボランティアのおばさんが案内してくれる。これがまたぜんぜん訛りがなく、要領よく説明してくれるのでよかった。
それにスカジャンを羽織っているのでなんとなく親しみがある。
「スカジャン着てますね」というと、スカジャンを着て島内を飛ばしている。この島はたった2つ信号機があるが、あってないようなものでバイクで走り回るためにこの島に来たと。
離島の生活はなかなか大変らしい。店が無いのでなにか買おうという気にもならない。あるものを野や海から採って来て食べていますと。

行月町博物館 島の館
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この島は捕鯨の盛んだったところ。3大捕鯨の町の1つ。
とともに、キリシタンの迫害の歴史もある。

ガスパル様 (クルスの丘公園) 

十字架を建て、1000人以上のキリシタンたちが大行進を行った歴史をもつ。
生月キリシタンの指導者だったガスパル(西玄可)の殉教史跡。
現在かくれキリシタンの末裔は500名いるそうだ。明治政府になり禁令が解かれても、潜伏時代の信仰形態は確立されていて、いまさらカトリックに戻れず、そのまま継承する隠れキリシタンとなった。
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大バエ灯台  ハエとは海に突き出した岩棚のこと
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塩俵の断崖  柱状節理がここにもあった。 
         塩俵(しおたわら)というのは断面が6角で塩俵の形に似ているため
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2時間半強のツアーを終えて平戸港交流センターに戻り解散し昼食。
漁港組合のやっている食堂で生簀から選んで料理してもらう。
烏賊を刺身に、あわびを焼いてもらった。

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松浦(まつら)資料博物館 

門の両側にはオランダ、英国両国旗がはためいている。
両国との交易が松浦藩の隆盛をもたらした。
資料はかなり多く、見て廻ると時間がかかった。
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市内のどこからも見える平戸城。
今回は少ししか見て廻ることができなかった。
キリシタン、教会関連も。
いつかまた来られる日に期待して・・・・・。

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2009年6月18日 (木)

長崎は平戸へ 1

2人がなにもカレンダーに書き込みのない日がやっとできて、『JRで行く 九州の温泉 駅長おすすめのゆ』 により 平戸温泉に行くことにした。

途中の鳥栖駅ホームで見た電車 青、赤、黄色 と楽しい。
やはり九州は鉄道大国だわ。
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新水前寺09:14に乗りリレーつばめ、特急みどりと乗り継いで佐世保。
松浦鉄道に乗り継いでたびら平戸口へ着いたのは13:44。

松浦鉄道に乗ってから食べたお弁当。

伊万里行きはがらがらでゆっくりお弁当が食べられた。
松浦鉄道は停車駅が多くて閉口した。
39キロを79分で走る。停車駅は27あった。あの清峰高校前という駅もあった。
付近住民の足ということがよくわかる。以前は国鉄だった。

翌日帰路で乗った時は高校生が沢山乗り降りした。
着ている制服が2,3種、乗ったり降りたり。   松浦鉄道路線図
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たびら平戸口駅は 「日本最西端しの駅」 だと。

平戸海上ホテルからお迎えが来ていて宿にチェックインしたのは14:00だった。
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部屋に入ると窓が船室のような造りで海一望、部屋が海に浮かんでいるような感じ。
3時になり温泉に浸かりに行く。
大浴場は廻りが水槽になっていて魚が泳いでいる。
2人ともこういう趣向はあまり好まない。
露天風呂はホテルの前の平戸瀬戸を一望できる。
せいせいして部屋に戻り露天の方が断然いいからと伝えると、連れ合いが行く。
帰ってきて言うことには、「倶梨伽羅モンモン」が若いのと年取ったのと2人いて、よう入らなかったという。
ああいうのは貸切露天にするべき。ホテルもああいうのを入れちゃいけないんだよ。
そんなこといっても服着てればわかんないじやない。長崎ってああいうのがいるとこなんだと
話はどんどん発展する。
翌朝になりつれあいが風呂に行くと露天のほうにくだんの2人が入っていて、仕方なく大浴場にいくと入っている人が数人いた。
やはりだれでも敬遠するんだなぁという。

翌朝、5時半ホテルの周囲を散歩に出る。
車寄せの前方になにやら道がある。 あじさいも咲いている。俄然、行ってみたくなった。
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深い森のなかの120段を上りきると立派な寺院があった。
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俊林山 雄香寺 とある。 松浦藩主の菩提寺ということが後でわかった。

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海は前面に広がっているはずだが、木々の繁る夏のことゆえ垣間見ることもできない。
あたりは静まりかえっていて鳥の声だけ。
秋には紅葉がすばらしいだろうと思う。
思ってもいない出会いと時間があって嬉しかった。

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2009年6月 2日 (火)

八代へ

0011 つれあいが阿蘇にパークゴルフにでかけたので、自分も思い立って八代に行くことにする。

花しょうぶのたよりがあちこちで聞かれる。

八代の 松浜軒も見ごろを期待して。

八代駅を降りたのは初めてのこと。

駅構内の観光案内でマップをもらい歩き出す。
中心部まで30分という。 熊本より車が少なくて静かな街だった。
マンホールの蓋もローカル。

002 市役所、図書館、城址などのエリアへかなり歩いた。
さいわい薄ぐもりのため、暑さはない。

八代城址を見て松濱軒へ。
正直いってちょっとがっかりした。思ったより狭くて花の数も何万本もあるとは思えなかった。

004 005  八代城址の石垣は不ぞろいの美。

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花も少なく、人もすくなく静かな庭園を後にして

021 住宅街のこんなお店「飯々珈々(ままかか)」で昼食をとり、てくてく本町通りを駅まで歩く。

松濱軒にはちょっぴりがっかりしたが、駅前まで来てこれこれ、これさえあれば八代に来た甲斐があろうというもの。
というのも、阪神百貨店にも「鮎屋三代」はあるが一味落ちる。
やっぱ、製造している本店のものが旨い。
これは九州の駅弁NO1を誇っていたが,ここ2年ばかり1位を[かれいがわ弁当]に取って代わられた。鮎のだしがしみたご飯はやはり美味しいです。
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今日の歩行は家をでて、家に帰るまで〆て17,271歩
でした。

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2009年6月 1日 (月)

さわ大OB3班日帰り旅行 日向へ

3_001 さわやか大学3班で読売バス日帰り旅行に行った。
参加者は男性4名、女性2名6人でツアーに加わった。

8:30交通センターを出て南阿蘇、日之影町、北方町、延岡市を経由して門川(かどかわ)11:50着。
南下して日向市に入った。

延岡市は山深いところの町で旭化成の企業城下町であることを知った。
「坊ちゃん」の中で漱石は延岡についてサルと人が半々に住んでいるといっている。また 「延岡と云えば山の中も山の中、大変な山の中だ。赤シャツの云うところによると船から上がって、一日、馬車へ乗って、宮崎へ行って、宮崎からまた一日、車へ乗らなくっては着けないそうだ。名前を聞いてさえ、開けた所とは思えない。」とも。
実際バスの窓からは山々が連なる奥のほうに市街地が垣間見えた。

日向はまぐり碁石の里で昼食。日向はまた碁石の産地だと。

日向岬・馬ヶ背  で珍しい柱状節理を見た。
日向灘もきれいだった。

高千穂・トンネルの駅は九州中央横断鉄道が完成をみなかったもので、神楽酒造の貯蔵庫になっている。
旧国鉄時代、高森線と高千穂線を結び、熊本ー延岡間を横断する計画だった。
工事中水脈を切ってしまい、トンネルの奥から大量に水が出た。
熊本県高森側にもトンネルを観光に利用している。


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高千穂トンネルの駅は神楽酒造の貯蔵庫になっていて、試飲コーナーもあり6人が一番喜んだところかも。
3_019 あれこれ試飲した。ほんわかいい気分になり、帰りのバスで眠った。
大型バスに35名、空きがあり、後部に陣取って、シートを一人で独占した。

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2009年5月12日 (火)

足の向くままに  (4) 葉山

教会からおりてきて、ジョナサンでチョコレートケーキとアイスコーヒーで一休みする。

ふたりで『御用邸コース』といっていたコースを歩こうと思う。
家人はほとんど毎日歩いていた。
ただし今日は海岸に沿ってではなく山側を先に歩く。(画像をクリックすると時刻がわかる)

ボンジュールの前を通って・・・・・
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葉山小学校とマーロウ         葉山ガーデンをちょっと覗いて
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葉山一色郵便局と鴫立庵
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御用邸正門 
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「一色」でせいろをいただきます。おいしいです。
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ここからは海岸に沿った道。      御用邸裏でもう海に入っている  
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皇宮警察の警備もゆるやか。
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生垣に沢山咲いていた花
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ときには山手の小路へ入った。静かな住宅地の中の道、家々の庭を見ながら。↑

しおさい公園を過ぎると神奈川近代美術館葉山館が見えてきた。 入ります。
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20090510tokyo_068 近代美術館の近代的な建物。
海が見える美術館もそうないのでは・・・・。

ただいま 荘司 福 展 開催中。
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20090510tokyo_069 一色海岸の小さい駐車場から。向こうの森は御用邸。

20090510tokyo_070 山の中腹の別荘。
秋谷あたりは山の上に伸びているが葉山はここにしかない。御用邸を見下ろすことになるからかも?

20090510tokyo_071 取り残された石造りの門柱には北白川の名が。別荘の跡だとおもうけど、マンションが1つきり、広い空き地がうまっていない。
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               真名瀬漁港
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20090510tokyo_0781 ←葉山芸術祭のアートでしょうか。
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森戸海岸到着 13:33
ここちよい風にふかれてベンチでくつろぐ。ふと眠りそうになる。
静かな午後。 
まだ海はひともちらほら。
葉山はやっぱり時間がゆっくり流れている。

20090510tokyo_0811 これいいね。パネルに使えそう。

早めに羽田に向かうとしよう。
新逗子14:28に乗ると空港快速特急で乗り換えなく15:24到着。

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足の向くままに  (3) 葉山

葉山館に泊まって横浜に帰る長女のお姑さんをバス停まで見送る。
自分もチェックアウトを済ませて、荷物をあずけて歩こうと思う。
まづ、海岸に出て葉山マリーナ、鐙摺港へ。あいにくの曇り空。
(クリックで時間が判る)

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ヨットハーバーに以前は裕次郎のコンテッサⅡ 号が係留されていた。
見つけたぞ、東工大はヨット合宿の後ここに置いているんだな。

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LA MAREE DE CHAYA と日影茶屋
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鐙摺港前の味の素の創始者鈴木邸が壊されてマンション造成中でびっくりした。
某貴族さんの別荘あとにあった「恩波亭」もマンションになっていた。
恩波亭は葉山マリーナに開店したという。
長女の夫の両親を葉山にお迎えして、海を眺めてワインとフレンチを頂いて楽しかったのも思い出となる。
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海岸通りから堀内の小路にはいる。
20090510tokyo_040 通称慶応通りと呼ばれていた相福寺前の通り。 ↑
慶応関係者の住宅が沢山あったから。向こうに見える民家は家人の勤めていた会社の保養所葉山荘があった。
かなり広い敷地だったので跡地に11戸庭付き住宅が建った。
当時経済情勢はバブルがはじけ下り坂。おもだった企業の保養所、別荘はほとんど整理された。
先ず福利厚生から切られていった。元自宅の近くのトヨタ、凸版印刷、東芝・・・・なども。

仙元山コースを葉山教会まで歩こう。

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この急な坂道には忘れられないことがある。
1999年のことである。
毎年お正月には二人の娘が家族とともにやってきた。
次女の夫は川崎大師にお参りしてから葉山に来ることが通例になっているので、長女の家族とじいさんは皆が揃うのを待つ間にこの坂へのぼって行った。
そのとき、じいさんが息苦しいといった。その様子に長女の婿がおかしいと思い、病院へ行くことを勧めたのだった。
とくに症状もあるわけではないのでお正月が終わってから2月になってやっと横須賀市民病院行きカテーテル検査を受けたが、はっきりとした診断がでなかった。
その後婿は同級の友人に紹介してくれて浦舟に行くことになった。
浦舟でも精密検査をし、不安定狭心症という診断であった。
私には食事にも気を配ってきた自負があり、晴天の霹靂であった。
鶴見にいたころ新宿に通勤していて、お昼には大好きなラーメンをよく食べたらしい。
わたしは詰問した。
「ラーメンのおつゆまでぜ~んぶ飲んだんでしょう」と・・・・・・・。
ラーメンのせいばかりではないことは判っている。それから4年も経っているが・・・・・なにも自覚症状はなかったらしい。浦舟のDRは何かあったでしょうと強く言われたが。

2月も下旬、浦舟で循環器専門の最強クルーにPTCAのお世話になった。
初めての入院、治療であったが長女婿や次女やその夫を知っていてくれる人達のお世話になり、何にも不安は無く、むしろ安心していることができた。

そんなこんなで、あの時長女婿がおかしいと思って気がついてくれなかったら大事になっていたかもしれないと、いまでも長女の夫を「いのちの恩人」といっている。

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2009年5月11日 (月)

足の向くままに  (2) 横浜

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長女のお姑さんと横浜市内遊覧バス
 午前コース  もうひとつ一つの横浜を感じる
                 ノスタルジック横濱
 に乗ることにする。
                                                                        シニア割引で4,410円。

20090510tokyo_0081 9:20横浜駅東口発。
ガイドさんはいろいろ説明してくれるが2人は聞いちゃいません。知っていることだしおしゃべりに夢中です。
横浜ベイブリッジ・大黒ふ頭を眺めながら
三渓園へ。
お抹茶の接待あり。新緑がきれいな園内を散策。

中華街 同撥別館で広東料理の昼食。

港の見える丘公園で散策。

三渓園にて  今は睡蓮が真っ盛り、花ショウブはこれから。
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港の見える丘公園にて 
バラの花盛りです。
何時来てもバラが咲いているところです。
今日もシニアのグループがスケッチをしておりました。                 
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バスは開港150周年のイベントがあるみなとみらい地区を周遊して横浜駅東口に帰着したのは13:45ころ。
ポルタでお茶し、つきないおしゃべりで時を過ごす。
というのも長女から5時ころにといわれていたので・・・・。
あとは高島屋地下で手土産を買って京急久里浜へ向かう。

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2009年5月10日 (日)

足の向くままに  (1) 巣鴨と都電荒川線

連れ合いがかつて勤めていた会社の同期会があり山陰に出かけるので、自分も出掛けることにした。12時に羽田着。
12:30京急乗り場に下りるとエアポート快速佐倉行きが待っていた。
品川経由巣鴨まで切符を買う。(空港→JR巣鴨650円)
京急品川駅でJR山手線に乗り換える。外回りが先に来たので乗った。
巣鴨に13:30到着。
今回カメラは時刻表示モードにしたので、クリックでそこにいた時刻がわかるようにした。
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巣鴨駅からしばらく歩くと巣鴨地蔵通り商店街に着く。                             (↑MNGSwebから)
以前は「おばぁちゃんの原宿」といわれ随分賑わっていたが最近あまりきかれないなと思っていた。
がどっこい
母の日の日曜日で通りは大賑わい。

おばぁちゃんばかりではなく若いカップルやおじいちゃんも多く見かけた。
沢山の店が並びそれぞれの名物を売っている。
たいやき、せんべい、カレーうどん・・・・

ぶらぶら物色しながら歩いているのはやはりおばぁちゃんが多い。
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かなり物価は安い。
中ほどに高岩寺というお寺さんがありここに とげぬき地蔵がある。お地蔵さんを自分の体に見立てて悪いところを洗います。
最近はたわしだと擦れてしまうのでタオルでだと。
入り口で線香のけむりがもくもく・・・・おじいちゃんは帽子を脱いでけむに当たっている。
私も最近とみに心配になっている頭部にけむりをつけた。

お腹がすいているのに気がつき地蔵そばに入る。
大きな甘くて柔らかいエビが2尾ついた天ざるがきてとても美味しくいただいた。
何もいわないで注文したので上等を持ってきたことがレジでわかった。
お昼にしてはカロリーオーバーか。(1350円)

ぶらぶら両側をみながら都電荒川線庚申塚駅まで歩く。                   

今日の第2の目的はもうここしか残っていない都電に乗ることでしたから。
都電というと私の思い浮かぶことは父が学校を出ると世田谷に嫁いでいた長姉をたよって上京、都電(市電?)の運転手をやっていたことがあった。
そのころ二・二六事件があり、父も無関係なのに2晩か3晩留置されたといっていたことを思い出す。
都電荒川線
全線160円。降りたらそこまで、乗る時また160円いる。
江ノ電のように民家の軒先をゆっくりのんびり走るが複線で電車は何度もすれちがう。


都電一日乗車券を買って、みんな降りてみたい駅だけど、今回は庚申塚駅から終点三ノ輪橋まで乗ることにする。 
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三ノ輪橋駅はバラがきれいな駅で「関東の駅百選」に選ばれている。
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三ノ輪橋から東京メトロ三ノ輪駅へ向かう。三ノ輪橋から日光街道に出て、しばらく歩くと明治通りとの交差点にあった。
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東京メトロ日比谷線三ノ輪駅から横浜まで切符を買った(15:30  490円)。
日比谷線は東急東横線に乗り入れていて菊名まで直通、きょうは中目黒で反対ホームに待っていた桜木町行きに乗り換える。

東横線はあの自由が丘や田園調布を通る乗っていて楽しい。自由が丘は家人の会社の社宅があり同僚のお家に一度訪れたことがあった。

東横線は横浜市営みなとみらい線にも乗り入れていて、都心から一直線で、横浜中華街まで行くことが出来る。
東横線横浜駅に着いたのは16:35.。
長女一家とそごうで会う約束にはまだ時間があるので、そごう美術館へ。

Save0024_4 横濱開港150周年にちなんで横浜出身の
版画家川上澄生展である。
小さいものが多く、ハガキの大きさに緻密なデザインがほられていて感嘆。
 1ミリより小さい彫刻刀を作らせたとある。    

  川上澄生展

  

今夜は横浜エクセルホテル東急に泊まる。
ほとんど横浜駅の構内という立地で、便利さで気に入っている宿。

長女の夫のおかぁさんにご挨拶と思い電話をかけると、びっくりされ明日会うことになった。

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2009年4月27日 (月)

鶴屋バス旅行 「黒木の大藤・石楠花鑑賞」

寒い日になった。バスはすこし暖房を入れている。

427_005 久留米市、石橋文化センターへ。今日月曜日は閉館で石橋美術館も覗くことはできなかった。石橋文化センターは株式会社ブリヂストンの創業者である故石橋正二郎によって、昭和31年に郷土久留米市に建設寄贈された総合公園。

庭園はいま花盛り、ひとつばたご(なんじゃもんじゃの木)さわぐるみを初めて見た。

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福岡県は耳納山の麓の村の
「虹の耳納の里 夢キッチン」で食事と地元農産品のお買い物。
新鮮で安く、あれも欲しい、これも買いたいがまだ道中のため、持って帰れる限度ぎりぎりであきらめる。
ここは久留米市、うきは市、八女市、星野村などに隣接しているところ。 鶴屋旅行が新しくコースに取り入れたところらしい。日々目新しい処を開拓していますとは添乗員さんの話。

                                
                                                       星野村へ向かう。大型バスが入れないため途中でタクシーに分乗する。
両側の新緑の合間に山藤を見ながら15分ほど山奥に分け入ると、目の前に広がったのは石楠花の山だった。最盛期は過ぎてはいるものの見応えはあった。
一人暮らしのお年寄りが自分の山、家の周りに石楠花を植えたもの。
管理しきれなくなり星野村に委託したという。

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黒木の大藤
福岡県黒木町黒木。スサノオ神社境内の大フジ。 国の天然記念物。
樹齢600年とか。枝張りは東西50メートル、南北80メートル、フジ棚の面積は2700㎡。
なんだか木の幹を見ると痛々しいようなものもある。

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このフジで地域の経済を担っているんだなぁと感じた。
神社までの道路は「八女茶」の売り込みが盛んで、「半額にしときます」とスピーカーで言っている。
売店のおばちゃんは「あ~、客が来ねぇ」とぼやいている。
1週間前だと盛りだったらしいがちっと来るのが遅かったです。
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2009年4月26日 (日)

yokohama

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2009年4月 3日 (金)

大村桜と伊万里焼の里 大川内山 

鶴屋の日帰りバス旅行で伊万里焼の里、佐賀県伊万里市大川内山町へ。

途中、長崎県佐世保市柚木の西光寺の大村桜を見た。
花は二段咲きで花の中から又新たな花が咲くように見える。

残念ながら、満開には早かったが、開いている枝もあり立派な花が見られた。
0011 007 008 Oomura3 Photo 図鑑によると、中心から出る花にもはっきりとしたガク片がある。(下2枚は図鑑から)

伊万里市内の「懐石 花れんこん」で食事のあと、一路市内の大川内山町 春の窯元市へ。

016 019 014 鍋島藩窯坂というメインストリートを挟んで30余の窯元が軒を連ねている。
左の店を見て、右の店にちょっと入り、終いには疲れてしまい、町のはずれまで行かないで戻ってきた。
全般的に高めのようだ。
それでもざっと見ていくうちに目に留めておいた小さいものを帰り道に2つ購入した。
折角だから、店内全て3割引きになるのなら立派な物を買い求めたいところだが、初めてだし、買う予定も無かったので、おこずかいで手軽に買えて、邪魔にならないものをと思って。
0281_2 一つはお土産になり、これは自分用。一応、「色鍋島」の表示がある。

橋の欄干や町内地図、トイレの入り口の壁など、焼き物がふんだんに使われていて焼物の里ならでは。

伊万里焼とは
鍋島藩御用窯でつくられた焼物を鍋島といい、その伝統を受け継いだものが伊万里焼としている。
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2009年2月19日 (木)

母と娘の嬉野温泉

娘から勤務先で誕生日休暇がもらえるからいっしょに行かないかとお声がかかった。
お泊りが出来ないので、日帰りになる。
JRの食事と温泉がセットになったうふふの休日というもの。
駅長おすすめの日帰り旅行よりランクが上でキャリアウーマンを意識しているようだ。
初めていくところはちょっぴりの期待と楽しさがある。
8:00に家を出て新水前寺、熊本駅からリレーつばめで鳥栖。鳥栖でMIDORI EXPRESSに乗り換え武雄温泉駅。
路線バスに乗り換えて嬉野温泉へ。
鳥栖駅で見た寝台特急はやぶさゆふいんのもり号。はやぶさは3月一杯でなくなる。
 むこうのきれいな黄色の電車はなに? 九州は鉄道王国。いい電車がたくさんあります。ヨーロッパのように。 Kamera_0131  Kamera_0111

MIDORI EXPRESSはカラフルでスマート。

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Kamera_016 到着した武雄温泉駅は新幹線停車のための工事中。








ここから路線バスで30分とは、ちと不便だ。
人数が多ければ嬉野の旅館でも送迎はするかもしれないが。
目指すお宿は『THE HAMILTON URESHINO』という。
女性のデザイナーによるというしゃれた意匠にあふれた和洋折衷の高級旅館だった。
キャリアーウーマン、元キャリアーウーマンが好みそうなおしゃれ感。

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Kamera_028_2 Kamera_030_2                        

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ダイニングルームで1時間かけて食事をとる。
客は他に2組だけなのでゆっくりとおいしいイタリアンをいただく。もちろんワインもわすれない。

Ph_03 大浴場
          

      

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「リレーつばめ」はもしかしたら東海道新幹線よりいいかもしれない。2列×2列だから人が少なく落ち着く。
二人で話した。「つばめ」にならなくても「リレーツバメ」で充分だと。
リレーつばめで買ったお弁当。
デザインもなかなかいいね。
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2009年1月18日 (日)

多磨霊園へ

娘が二人とも結婚して家を出た。
その後、漠然と考えてはいた。
自分たちも年を重ねてきたし、昨年の暮れ長女の舅が亡くなったこともあり、切実な問題として浮上してきた。
それは墓地の問題である。その墓地は多磨霊園である。
娘と孫まではなんとか継承できると思うが、その次代となると確信は持てない。
跡継ぎのいない世帯の悲哀。

そんなわけで継承できなくなった場合の相談をしたいと出かけた。
幸い管理者の東京都庁まで行かなくても霊園事務所で対応をしてくれる。

東京駅からJR中央線、新宿・高尾行きに乗り武蔵境 001_2
へ、西武多摩川線に乗り換えて多磨駅へ。

多磨駅は以前は「多磨墓地前」であったが、今は
この駅舎の向こう側に東京外国語大学が移転し、
多磨東京外大前に変わっていた。
鶴見や葉山にいたころはほとんどつれあいが一人で来ていた。
川崎から南武線で南多摩へ行き、徒歩で多摩川を渡り是政駅まで歩き、是政から西武多摩川線上りで7分で多磨墓地前に着くという西側の行程。
2人での時は多摩川に架かる長い橋をピクニック気分で渡ったこともある。
広い河川敷でお弁当を食べたこともある。
                                 010_3
                                
多磨駅を出て、小路を少し行くと人見街道にでる。通りは霊園の門まで石材屋が連なっている。石材店といってもお墓に関するもろもろの相談にのる。

多磨駅から徒歩で霊園へ 道順を載せます。

お世話になっている いわき家 さん。他のお店が新しくしたり手を入れているなか、ここはむかしのまんまである。
跡継ぎの息子さんが病気があり後を継げないと聞いた。
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お花、線香、マッチに笹を刈る鋏を用意してもらい霊園に向かう。
今にも降りだしそうなうえ、夕刻になってしまって
霊園事務所へ急ぐ。

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023_2 霊園正門

         霊園 事務所に寄る   相談事は親切に対応してくれて、長くなりそうなので空模様が心配でもあり又の機会に譲ることにして、墓地へ。

中央通りをこの噴水塔をまず目指して歩く。  034

033_2

     

                     
044 045 霊園
見取り図
角地にある案内板    

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柳下家の
 区画は

 10区2種5側

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   ↑ 5側 は背中合わせに2列あり、その中間あたりが我が家の場所。
さっさと先へ行き早速掃除にとりかかるつれあい。→

039 笹がすぐに繁って刈り取りが
大変。
お隣もなかなか来られないようで・・・・・。

いわき家さんに戻り、熱いお茶を頂き、来るとよく寄る生そばの
「御狩野」でゆっくり夕食。
今晩の宿は品川プリンスメインタワーになります。
明日は横須賀の上の娘のところへ。

 歴史が眠る多磨霊園
 
  多磨霊園の歴史

1900年頃の東京市には<青山墓地>・<谷中墓地>・<染井墓地>・<雑司ヶ谷墓地>・<亀戸墓地(後に廃止)>という5つの公営墓地がありましたが、市街地化と人口増加の影響で墓地が不足した為、市外に墓地を造営させる必要に迫られたのです。

 欧米諸国の市外墓地を研究した、井下清 氏(東京市公園課長)が、東京郊外の東、西、北に広大な公園墓地を創設する計画を1919年に提出し、それを元に1920年、東京市の西に位置する多磨村が、未開地であること、郊外にしては交通網が揃っていることを理由に選出されます。
 そして2年後には多磨墓地の造営開始となり、1923年に開園したのです。

 開園後、市街から距離があることが使用者数を伸び悩ませていましたが、1934年、名誉霊域(7区特種1側1番)に東郷平八郎元帥海軍大将が埋葬されました。
 これにより多磨墓地の名は急速に広まり利用者が増加し、暗く非衛生的なイメージの払拭、特定の宗教、宗派に捉われないこともあいまって人気霊園の1つとなったのです。

 また、調布飛行場が付近にある為、太平洋戦争後期において戦闘機を隠す目的や修理目的でも使用されています。

 多磨墓地の利用者は増加し続けましたが、1963年以降は新規区画はなく、空いている場所のみの募集となっており、<芝生墓地>や<壁型墓地>などの都市型の新形式墓地の導入が行われています。

Photo いわき家石材店
  東京都府中市紅葉丘3丁目37-4
  042-361-2065
    多磨駅から6分

多磨霊園管理事務所
  東京都府中市多磨町4丁目623
  042-365-2079

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2008年12月 9日 (火)

天草 下田温泉へ

天草は遠いという印象しかない。
熊本に来て1年目だったか、シニアネットのお知り合いに『牛深アカネ市』のタイ釣りに誘われていくことになったが、待ち合わせ場所でおち会うことができづ、2人で初めてドライブをしたことがある。
海沿いも、山中の道路も走り続けて3時間以上かかったと思う。

一度下田温泉へいってみようとの家人の言で行くことになった。
牛深は天草下島の突端で気の遠くなるほど遠かったし、いくらその手前とはいえ実際運転は余り好きじゃない人が車で、というのが気がかりだった。
どういう風の吹き回しか、「そんなに遠くないよ」というので、あれれ大丈夫かいなと思いながらやっと自分から車で行くというのを断る手もないし。
天草は車じゃないと行けない所だ。
もっとも、天草エアラインという空の便もある。熊本から本渡まで30分の飛行、が空港を下りてからの足が要る。
熊本フェリーという手(熊本港から本渡港まで1時間)もあることはある。
家から座席に座れば目的地に着く便利さを思うと時間がかかっても車ということになる。

幸い抜けるような青空が広がっている。いい旅行日和だ。
まずひとやすみは道の駅「不知火温泉センター」で。
お昼は三角港のラ・ガールの奥の食堂で「海鮮ラーメン」
カニ用にはさみがついている。カニ、エビは結構手間がかかる。
傍の人は「面倒だなぁ、玉名ラーメンのほうが余程うまい」。Shimoda_010

三角から天門橋を渡り、大矢野島を通過。
Shimoda_011 この橋は何号橋でしたか・・・。

天草はほんとうに海がきれい。 東京湾、相模灘とは海の色がちがう。
大矢野橋、中の橋、前島橋、松島橋を通過して天草上島に入る。海沿いの 「天草有明たこ街道」を走り天草瀬戸大橋を渡ると天草下島に入る。Shimoda_014
266号をとり、山の中を走ると 3:00pmに温泉に到着    した。

下田温泉街001_lgonnsenngai

今回のお宿は『伊賀屋』。玄関ロビーは畳敷きでスリッパがない。これはなかなかいいアイデアだなとおもう。部屋の入り口もスリッパが邪魔にならないしお年寄りにも階段などが危なくないし。
それでかしらん、足袋が用意されていました。Shimoda_023
伊賀というと伊賀上野、忍者と連想してしまう。
浴衣にも立派に忍者が染めてある。

忍者とともにバラの模様があるが、これはバラを風呂だから。
Y384720010_2 Shimoda_033 お湯の出口に木でくりぬいたカップが置いてあり飲用できる。
近頃は飲めない温泉は有り難味が薄い。

連れ合いは「湯船が大きくて湯が一杯ある宿がいい、山口旅館のような」だと。贅沢をいうね。
たしかにこじんまりした宿で大きなお風呂ではないがあたりも静かでくつろげるのだ。  伊賀屋はこちら.

『とにかくお得「女将おすすめプラン』というのにした。
カロリーの気になる方や食事制限のある方などにとあるが、特にそちらは気にしない。
いつも、お料理を残すのは勿体無くて、苦闘してお腹が苦しい思いをしてきたので、それだけは避けたいと思ったから。
予約の時の要望に「沢山たべられません」などと書いて送った
それにそんなに多くは出ないだろうと思っていた。

ところがでした。
お料理はとてもおいしい。どれもおいしい。どれもが確かな味です。そして今度もまたちょっと満杯気味に。
宿のマッチを見ると
Shimoda_016 やっぱり忍者と
「天草で一番のご馳走の自信あります」とあるではないか。                   Shimoda_018_4   

                                                                                                                     

それなれば、写真に撮っておきましょう。
何時も写真に撮っておくことはないが、今回は写してみた。

Shimoda_038_3  食前酒、
三種盛り、小鉢、おつくりShimoda_013

Shimoda_025 海鮮入り茶碗蒸し
車海老と地魚佑庵焼↑

Shimoda_026 ひじきめんと桜海老かき揚げ→

Shimoda_027 紙鍋は地魚ではなく天草大王で。
下地は豆乳仕立て。

Shimoda_028 赤米のご飯・・家人がとても感激した。いままでで一番美味い!といって全部たべた。
あおさのりの味噌汁。私はこちらの甘めの味噌はあまり好きではないがこれは美味しく頂いた。
果物とデザートのワインゼリーがとても美味しかった。
それと器がとてもよかった。

さて、「忍者のわけ」を知りたくてチェックアウトの時
聞いてみると、女将らしき人は「ここは昔海が裏まで来ていて烏賊がよく獲れた。ので烏賊や→伊賀屋になり伊賀なら忍者ということで社長のほんのきまぐれですと。
食事のとき仲居さんにここの創業者は昔忍者だったのかしらなどと聞いたお粗末もありましたが。
なるほど、旅館街の裏手には川が流れている。昔は海だったことは想像できる。
翌日の朝、周りを散策しようと思っていたのだが
昨日と打って変わって、空は大曇り、チェックアウトのころは雨が落ちてきた。
「五足の靴」の遊歩道を歩いてみたいことも、観光の目玉の海岸沿いの389号線を走ることもあきらめて、昨日来た山の中を走ることにした。
また、来る日もあるでしょう。

下田温泉市街 (クリックで)
Map_02shimodaonnsen_2                                          天草の観光

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2008年11月15日 (土)

鎌倉幕府ゆかりの地 南小国町 満願寺

Manganji32_3 立護山満願寺
 阿蘇郡南小国町満願寺

周辺の地名となってその名を残す満願寺は
1274年開闢以来最大の外敵襲来となった元寇に対し、敵国降伏、国土安泰の祈願所として建立された真言宗の古刹である。

鎌倉幕府北条時頼の命で小国郷に下向した北条時頼の弟、時定が開山。
承久の乱(1221)によって北条氏の所領となった小国郷へ、時定が嫡子随時(ゆきとき)や弟の定宗を伴ってこの地にやって来たのは1225年。
鎮西奉行として文永、弘安の戦いで指揮を執り、元の大群を破った時定以降3代にわたってこの地を治めた。

鎌倉幕府崩壊後も勅願寺として崇敬を受けたが明治維新の廃仏毀釈の折に広大な寺領を失った。

200メートルほど離れた北の房(元満願寺小学校跡)には当時に植えられた7本の杉の巨木に護られた時定、定宗、随時三氏の石塔が建つ。杉は北条様の杉という(樹齢300年、幹囲5.5m樹高47m)1112_0281_2  杉を写すカメラの人のちいささよ。                                           1112_058_2                       

    石塔 のひとつ→                  
                                                        

すぐ近くの満山神社の杉群もまた県指定天然記念物。↓
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金比羅杉  時定が満願寺建立の際植えたと伝えられる金比羅杉(樹齢推定1,000年、幹囲12.4m樹高28m)の威容。 2度の落雷にあい幹が裂けた。

Sugiknp1 八十八ヶ所霊場めぐり

山道が散策路にもなっていて、一周する。路傍の仏様がひっそりと佇むお遍路道は川を挟んだ向かいの山にも続いている。
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 1112_048                           
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1112_055  

 

満願寺の前を流れる志津川に沿って満願寺温泉がある。
Manganji01川面に湯気。

1112_0261 川の中の露天風呂。
上で食器を洗うおばさん。下はお風呂。夜になって男性が賑やかに入っていた。

060423_20 静泉荘と川湯
       

                

               

                                    
                                   

町中で見たもの。
住む人が居ないらしい古い家。
2階の窓に入っているガラス戸に釘づけになった。
透明ガラスに白濁(すりガラスか)を組んでいる。このまま朽ちてしまうのは惜しい。今どきこんな戸は出来ないでしょう。↓       1112_020
1112_0231         

        

        

        

         

         
                                                                                                         愉快な看板。以前はかなりお客もあったんでしょうか、ロッジふうの建物はかなり大きい。
今は人気が感じられないが・・・・。
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3軒の宿のうち、このロッジ風の横手に新しくしたという宿、瑞雲荘があった。
民宿かなんかを改築したということは、お客もあるにはあるということ。

泊まったのは静泉荘という、70年を経た古い宿。
設備といえるものはなく木賃宿。我が家のほうが余程便利だわいと思わずには居られないところ。ただ源泉を大きな湯出し口からどど~っとひっきりなしに落としこんでいる。もちろん飲むことも出来る。お湯だけがご馳走、贅沢だった。
この川の湯には結構マニアっぽいお客もあるようだ。
宿のおばぁちゃんのいうことには、熊本あたりからなら日帰りが多い・・・・だって。
お寺のまわりをぶらぶらしていたおじいさんの話によると、テレビ局が取材に来た。12月7日に放送するという。どこのテレビ局かわからないが。

  もう一度来て、八十八ヵ所  を周りたいものだ。                                                                                                             

   

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2008年10月11日 (土)

小鹿田(おんた)焼 民陶祭 

Machinami_2

バスは山を分け入り、やっと通れるばかりの道をどんどん進んで着いたところが大分県日田市Tshatu_030皿山を中心とした小鹿田の里。

里への清流にかかる橋。

やきものまつりにやってきました。
唐臼祭 5月 3・4・5日    民陶祭 10月第2土・日曜日。

  Tshatu_032

道路にそって並んだ窯元が軒さきに焼いたものをならべている。

祭りといえども静かなもの。 鄙びた風景が懐かしい。

Tshatu_040        

平成20年3月には地区全体が「小鹿田焼の里」として重要文化的景観に選定された。 こちら

小鹿田焼は その陶芸技法が平成7年に国の
 重要無形文化財に指定された。

Tshatu_0351_2 Tshatu_017_2

Tshatu_037

       

飛び鉋のうつくしい大鉢。径40cmもあろうか。ゆたかな気持ちになる。                                 

小鹿田焼の原土(陶土)は、すべて集落周辺の山からの自給。
皿山は集落全体の地質が厚い陶土層で形成されている。
採土作業は年2~3回共同で行われ、掘り出した原土は各窯元で均等に分けられる。

原土は川の水を利用した唐臼で2週間程度かけてつきあげ、それを水に浸し、こしてから鉢に移して乾燥させる。

 Tshatu_029_2 唐臼 陶土をくだく臼  このギーゴットン、ギーゴットンとのどかな音は
日本の音風景100選に選ばれている
こちら

Tshatu_046  

       

        
        
        
                               

中心部にある共同登り窯

Tshatu_041 小鹿田焼は、現在10の窯元があり、開窯当時以来、一子相伝で小鹿田焼の技術や伝統を守りつづけています。
したがって窯元は10軒より増えません。

Sonota_004 10軒の窯元の案内図 

    

            

                                                                         

          Tshatu_0501                       蕎麦屋が一軒。酒屋も一軒。

10軒の窯元を順に見ながら下りてきて、一番はじの
小袋窯元でお抹茶で一休みして、その「飛び鉋」の抹茶茶碗を買いました。「刷毛目」のお皿は坂本窯で。
          ↓

Onntayaki_003
 

小鹿田焼の主な技法は 
打ち刷毛目、飛び鉋、指描き、櫛描き、打ち掛け、流し掛け など。

明治、大正まであまり目立つことなく半農半陶で近在の生活必儒品として静かに焼かれてきた小鹿田焼が注目を浴びるようになったのは、昭和6年、民芸運動創始者、柳宗悦が絶賛し、人々に紹介したからです」 

小鹿田焼 

                                                                                                                                 

                                                       

                                                    

                                                          

                                                        

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2008年9月10日 (水)

今年は 大分 長湯温泉

040 今年の誕生日は長湯温泉に行った。
娘のプレゼント旅行。
母と娘の2人旅。
去年

行くにあたっては孫たちのことが気にかかる。
朝早く家を出なければならないうえにお弁当を作らなくっちゃならない。
下の子に、「悪くならないサンドイッチやおいなりさんなら大丈夫そうだから買っておくよ」というと、「大丈夫、自分でできるから」とこともなげに言う。本当に成長したもんだ。
おばぁさんの助けなんかちっとも当てにしていない。
おばぁさんばかり、時が過ぎて状況が変わっていることがぴんとこないでいる。
有難いのか、さびしいのか・・・・。

去年家人と「駅長おすすめの日帰りグルメきっぷ」で行ったので、ラムネ温泉のことを娘に話したところ、自分も入ってみたいということで、行くことになった。
旅館も同じ、大丸旅館。

娘は午前の勤務を終えて、肥後大津駅で拾ってくれた。
57号線をゆっくりのドライブ。 道の駅 波野 でひとやすみ。

午後3時ころ到着。車では疲れるのではないかと心配だったが、山のなかのドライブは思ったより楽で早く着いた。

Nagayuo34_2 芹川が蛇行する一等地に建つ大丸旅館

温泉のお湯の流れ落ちる下は湯の花がびっしり層を成している。
奥が宿泊棟の別館 藤花苑。
前回は向こう岸に藤が見事に咲いて、かじかが
鳴いていた時期だったが、今回はひぐらしがやかましく038鳴いていた。 

荷物を置いて真っ先にラムネ温泉に行く。
ラムネ温泉は大丸旅館の外湯で、宿泊の人は
フリーパスではいれる。

                         
すでにほとんど満員状態で、しずしずとはじに入る。
少しぬるいがじっと侵っていると、びっしりと泡がついてくる。
このラムネの泡は湯の温度が高いと着かないというが
ここはある程度の湯温、つまり入っていられる温度なので、全国的にも珍しいらしい。
したがって長湯温泉の湯はどのお湯でも泡の成分はあるということ。

ラムネに浸かった後はぶらぶらと飲泉場まで歩く。017
飲んでみると酸っぱくてすえた様な重い味がする。

夕食は普通の懐石だが、ここいらの名物 エノハ のから揚げが美味しかった。2度揚げで頭も食べられてしまう。

エノハとは やまめのことで
町のあちこちで食べさせてくれるようで看板がでている。ビールにはうまかろうね。



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034_3 芹川の流れ。

画面の中央あたりに、ガニ湯 が見える。

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翌日は旅館のお向かいの 川端家 でコーヒーをいただく。

店内がいい感じ。コーヒーも美味しかった。

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コーヒーのあとは川端家の前の橋を渡り丸山公園方面へゆるやかに登ると新しく出来た長期滞在型施設
BBC長湯
が林の中に広がっていた。

夏の避暑にもってこいだと思う。
B&Bタイプなので
夜は街に下りてきて好きな食事が出来る。
図書館も併設されていてゆっくり楽しむことが出来る。
坂道を帰るので電動自転車が置かれているのも親切。

日帰りでは行けなくて心残りだったところ、町営の 御前湯 へ行ってゆっくり入る。


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  041

         

   浴場のお湯の出口は勿論のこと、
長湯ではあちらこちらに飲泉場がある。
ま、美味しいというわけではないので、たびたび飲むというわけにもいかないが、思いついたら飲めば結構からだに効くかもね。

御前湯の向かいの「直入町温泉市場」で野菜や乾物の買い物をして、長湯を後にした。

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2008年6月 7日 (土)

ちょっと気分を変えに 横浜 鶴見

Photo 6月7日 チェックアウトが11時なので、バゲッジをホテルに置いたままて鶴見に行くことにした。横浜駅はホテルの隣なので便利。
8時半過ぎに京浜東北線にのり JR鶴見駅に降りる。10分で着く。
鶴見駅のファストフードで朝食をとる。                        
Yokohamaiki_008 鶴見 駅東口前のケヤキはすっかり伸びて、正面の京急鶴見駅も見えなくなっていた。

Yokohamaiki_011

鶴見駅ビル COMIN

お昼には1階の崎陽軒のしうまい弁当を買うか、ビル2階の奥のレストランへよく行った。

Yokohamaiki_028 駅ビルCOMINに並ぶビルが45歳から10年間勤務した会社。

自社ビルで最上階の6階がオフィスだった。
1階から5階までがテナント。

この会社は4つの子会社があり不動産賃貸業、ブティックも経営していた。

本社では総務部門と経理部門をまとめていた。
お掃除は常駐の係員がいたし、お茶汲みは総務の新入りがやることになっていたので、出勤すると自分の課の机を拭くだけだった。

Yokohamaiki_050 毎日、必ず行った横浜銀行鶴見東口支店。
一番足しげく通った。
今日は日曜で人気が無いが平日は人で混み合った。待ち時間がすごかった。

東口には他に三菱、第一勧業があった。
西口には住友、三井、横浜西口支店があった。
ちょっとはなれて三浦信金、城南信金もあり、会社はほとんど口座をもっていた。

いまや、これらの銀行は編成を繰り返して名前もなくなってしまった。

Yokohamaiki_056 JR駅の正面に京急鶴見駅

東口は再開発が行われるようで工事中。
資料によると・・

JR・京急鶴見駅のターミナル駅としての機能を強化するとともに、地域コミュニティ。核を形成する「鶴見駅東口地区第一種市街地再開発事業」が着工した。
特定業務代行者の竹中工務店の設計・施工で2010年7月の完成を目指す。
建物は地下1階地上31階建て延べ5万7363㎡。
商業・公益施設や住宅301戸などを整備する。     とある。

その工事中を右にして5,6分横浜方面に歩くと、開かずの踏み切り(総持寺踏み切り) がある。
いつも電車が通っているので開いている時がほとんど無い。
東海道線、横須賀線、京浜東北線、湘南新宿ラインなど線路11本をまたいでいる。
10~15両編成の旅客列車が頻繁に行き交う上、20両以上のコンテナ貨物列車も多かった。                          
カメラを向けて列車を待っている人を良く見かけた。今思えば東京駅から九州へ向けた長距離列車、さくらやつばめ もここを通過したのだ。九州に想いをはせた事も無かったけど。
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Yokohamaiki_072 踏み切りの高架を降りると総持寺の入り口。
前の道路は鶴見駅西口に至る。

左手が鶴見大学。奥にキャンパスというより広大な境内が広がっている。鬱蒼として夏は涼しかったな。

左手の3号館の隣が住居だったので出勤はこの陸橋をわたって通った。

Yokohamaiki_076 鶴見大学歯学部付属病院。

鶴見駅西口は西友と京急ストアがあったので、帰りは買い物をしてこちらの道を帰った。

どちらを歩いても、家を出て10分もあれば会社に着くので、お勤めをすることがが出来た。
有難いことでした。

なんのことはない、東口に降り立ち、陸橋を渡り西口へまわただけ。
時間がもっとあったらな。  鶴見のみどころ

横浜駅にもどり11時少し前にホテルをチェックアウト。

荷物を駅のロッカーに預けてそごう美術館佐伯祐三展を観る
Saeki_yuzou_027

1_002 13時に保土ヶ谷在住の友達と会い、高島屋7階のホテル・ニューグランドカフェで食事をした。
横浜は今[フランス月間」のため特別メニューとのことであったが・・・・すずきのポアレがフランス風ということで。

グラスワインで話に花が咲き、場所を変えて、相鉄の屋上庭園へ出て、
さわやかな風にあたりながら、おしゃべりをした。

「また来るね」と約束をして
横浜駅16;48快速特急羽田行きに乗る。
17:18空港着。フライトは18:20。
1時間も早く着いてしまい、もったいなかった。

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2008年6月 6日 (金)

ちょっと気分を変えに 山手

県立神奈川近代文学館 常設展示の資料、所蔵品の多さにおどろく。

神奈川,特に鎌倉に、文士たちがこぞって住んだから多くなるのはあたりまえだけど。

Yokohamaiki_0631_2 Yokohamaiki_070霧笛橋を渡ると近代文学館へのアプローチ。

漱石関連も多い。

8/9~9/28
「文学の森へ 神奈川と作家たち」 展
第一部  夏目漱石から萩原朔太郎まで

の展示がある。
来られたらいいな。

Yokohamaiki_068 門 に関する展示。
ぼやけているが・・・・

Yokohamaiki_066 漱石山房 (早稲田南町)の書斎を
再現。
お気に入りの手廻りの道具など展示。

Yokohamaiki_065 漱石山房の解説

Souseki2_047_2

近代文学館をあとにして、山手本通りを歩くことにする。西洋館を見ながら歩くのは、何時来ても楽しい街だな。

えのきてい でお茶します。

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Yokohamaiki_082 フェリス女学院 中高部 

Yokohamaiki_083

フェリスの脇から、急な汐汲坂を下る。

Yokohamaiki_084 Yokohamaiki_052

汐汲坂を下りて、元町商店街を戻り石川町駅へ。
京浜東北根岸線に乗る。
港南台、洋光台、根岸、磯子 
なつかしく窓の外を眺めながら、横浜駅に着いた。
駅の隣の横浜エクセルホテル東急にチェックインする。

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ちょっと気分を変えに 北鎌倉、元町、山手

6月6日  朝、森戸神社へ行く。
お天気は上々とはいえないが、降らないのでよかった。
Yokohamaiki_026
遠くに名島と裕次郎灯台。と裕次郎の碑。

Yokohamaiki_031
  
堀口大學
  花はいろ
     人はこころ の碑

葉山館に戻りチェックアウトをし、バスで逗子駅へ。

逗子駅から横須賀線で北鎌倉まで。

鎌倉は悲しいけど通過。

北鎌倉駅は人でいっぱい。

臨時改札が出来ているのもこの時期ならでは。まだあじさいには早いようですが・・・・・。
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Yokohamaiki_041

めざすは円覚寺

Yokohamaiki_036 新緑がきれいです。
境内は生徒であふれている。
修学旅行でしょうか。

Yokohamaiki_038
総門  カメラを向けていたら左の男性が脇に寄ってくれた。紳士ですね。最近はこんな些細なこころ使いにもあわない日々がおおかったなぁ。

 

                              

                                                      

Yokohamaiki_039 門                                                 

漱石の
 仏性は白き桔梗にこそあらめ

の句碑に会いに行ったのだが見ることは出来なかった。

帰源院は未公開だった。

Photo

                            

さすれば次なる目的へ。
鉢の木ちりめん山椒


Yokohamaiki_045_2 鉢の木 

609_0011 609_0051                                       

ここのちりめん山椒は醤油とみりんだけでこしらえてある。今度のは山椒がちょっと少ないかな。
こちらでは砂糖が入って佃煮風に味付けしたものしかなく色も濃い。

北鎌倉駅表側   臨時改札は線路の向こう。円覚寺にすぐ行けるので。
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Yokohamaiki_046
また横須賀線に乗り 大船。
大船で京浜東北根岸線に乗り換えて石川町へ。
うっかりして北口へおりてしまい、デッキをまたいで元町側の南口へ歩く。
恥ずかしながらキーレスロッカーを初めて使いました。すっかりおのぼりさんです。

Yokohamaiki_044_2

まず、元町商店街を歩きます。                                   

目指すはFUKUZO

Yokohamaiki_049 たつのおとしごロゴの1枚購入しました。

Yokohamaiki_051 おもわず撮っていいですか?といってしまったディスプレイの男の子と女の子の人形。

   Yokohamaiki_055_2

谷戸坂をのぼって港が見える丘公園へ。
公園からの眺望。
山下埠頭とベイブリッジ。

                            

Yokohamaiki_058 スケッチをしているシニア大勢。
おもいおもいにちらばって絵筆をとっている。

バラ園もきれいです。

Yokohamaiki_075 Yokohamaiki_078   

Yokohamaiki_0601 大仏次郎記念館まえを通り・・・・

霧笛橋を渡ると神奈川近代文学館Yokohamaiki_0621

澁澤龍彦回顧展が特別展示中。

14時から学芸員による
ギャラリートークがあった。

スライドを見ながら説明を聴き、余りなじみが無かった澁澤龍彦について知識を得ることができた。
あの澁澤栄一氏の一族であることも知った。

終わってから常設展をみてまわる。

次に続く・・・・・・

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2008年6月 5日 (木)

ちょっと気分を変えに 葉山

お昼に羽田に到着したが、昼食をとらないで長女が待つ、京急久里浜に直行する。
蒲田で快速特急三崎口行に乗り換え。
この時間帯は人が少ないし、また速くて快適。
川崎、鶴見、上大岡 金沢文庫、窓の外にながれる風景がなつかしい。

待っていた長女の車に乗って海を見ながら134号線をドライブした。
お目当てのマーロウはティータイムで食事が出来ず。
御用邸も通り越して、結局森戸海岸まで来てしまった。
ラ・プラージュで遅い昼食をとったのは15時だった。

Yokohamaiki_022 堀内のローソンあたりは、旧家の葉山さんの跡地に大型介護施設が建ち、道路も拡幅されてすっかり様子が変わっていてびっくり。

今夜の宿葉山館も改築され、1階にスターバックスが入っていた。

雨が落ちてきそうな空だったが森戸海岸に出てみた。
観光客もいなくて静かな海。 そろそろ海の家を建てるべく砂をならしたり、準備をしていた。
Yokohamaiki_017Yokohamaiki_016 

曇りの夕方でちょっと寂しげな浜。
向こうは森戸神社の森。

Yokohamaiki_004 仙元山上り口にも行ってみた。

Yokohamaiki_005 葉山教会まででも行こうと思ったがあきらめる。

また、来て仙元山コースを歩こう。

孫たちが歩けそうになると連れて行ったな。
「仙元山デビュー」と言って。

Yokohamaiki_006 今にも降りだしそうな空。
まんなかあたりにラ・フェリア葉山。
海も空も区別がつかない。

宿にもどってゆっくりしよう。

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2008年3月31日 (月)

岡城址の桜と原尻の滝

朝から雨。
出発の交通センターの観光バス発着場はごった返していた。
後から々々それぞれの観光地へ向かってバスが出てゆく。タビックスのツアーで大型でも乗客は30人だったので、2席を一人で座ることができた。
岡城址は豊後竹田市にある城跡で、前々から訪れてみたいと思っていた。
バスで2時間余ゆられて着いた。

「日本の桜名所100選」 に選ばれているというが花は2、3分咲きというところ。

雨は少しも止む気配を見せず、傘を差しての散策となった。 雨に佇むさくらもまた良しか。                                       入場券は岡城の由来を書いた巻物。
                                                                                            20330_033                  
20330_010_2

20330_008 20330_021_2 20330_019_2 古城のたたずまい。 朽ち掛けた石段に 風情。

岡城は明治2年の藩籍奉還後、4年には14代277年続いた中川氏が廃藩置県によって東京に移住し大分県による入札、払い下げによって全てが取り壊された とある。

                                                   

滝 錬太郎の銅像も雨にぬれている。
20330_013_2      

 

バスに戻り城址の丘を下るとすぐに緒方町(豊後大野市)にはいり、まもなく原尻の滝。緒方平野の真ん中に流れ落ちる滝。幅120メートル、高さ20メートル。
「大分のナイアガラ」とはたいそうな・・・。
しかし平地にこれだけの滝があるのは珍しい。右下に小さく人が見える。
雨は降り続きバスの中で弁当をたべる。

20330_024_2 滝の周りの田園地帯には30万本のチューリップ畑になっていて、やがてチューリップまつりがあるよし。

20330_027_2

雨で車窓の景色は見えず。久住高原をはしり、久住高原コテージ(大分県久住高原820天空の丘)
で 満天望温泉 に浸かる。匂いも色もないが、やわらかい温泉。
露天風呂のご自慢の景色は何も見えず。
あったまった体が冷えないよう急いでバスにのる。
交通センターに到着したのは5:30ころ。まだ小雨がふっていた。

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2008年2月28日 (木)

里山あるき隊2月例会 国東半島

028 里山あるき隊 2月例会
2月26,27日、貸切バスにて37名参加。

26日は鶴見岳登山組と散策組みに分かれて行動。
散策組みは別府市内巡りの案もでたが時間不足なので、うみたまごと高崎山に行くことになったが、去年高崎山でおサルも見たし、雨が降ってきてどこも行く気にならず、車座になっておしゃべりで時間をつぶす。
午後4時にバスに乗り鶴見岳ロープウエー駅にお迎えに行くと、山は雪と雨で大変だったらしくお弁当も食べないで冷え切って降りてきた。
今晩の宿 別府湾ロイヤルホテルに入り                 029  
温泉に浸かる。         
大きなホテルで別府湾に面していて
すべてオーシャンビューの部屋が取れた。
朝食のダイニングでは近隣外国人ばかりが目に付いて、近頃は九州のあちこちでお目にかかる風景。
6時半から宴会。カラオケやら芸達者な人の踊りなどでおおいに盛り上がり笑い転げた。お飲み物代も大幅にオーバーした。ふだん無口で静かな人が2回も歌っていた。
山行の時はあまり話し合う時間もないが、こんなときはゆっくりおしゃべりも出来る。こういう会もいいもんだなと思う。

27日の散策  今日は雨も上がり快晴となる。全員でホテルを後にし, お寺巡りをする。          小雪がちらついて寒いこと。   

六郷満山とは

国東半島のほぼ中央にそびえる両子山から放射線状に、谷々は海岸へと広がる。
約28谷を六つの里に分け、この地に開かれた天台宗寺院全体を総称して六郷満山とぶ。
奈良、平安、鎌倉より宇佐八幡(全国八幡の総本社)の庇護と影響下の下に、
「神仏習合」の独特の寺院集団と信仰が形成された。
往時には185の寺院、洞窟、僧坊を含め、800の大小の堂、石仏、石塔が点在し、仏の里といわれる六郷満山仏教文化圏がひらかれてきた。

海岸線は北部においては小さな入り江と岬が連続するリアス式海岸となっているが、全体的には円に近い形を描いている。 日本の秘境100選 にに選定されている。
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027 静かな山里のお寺さんの佇まいはなぜか無性に、懐かしいものがあり、そこにいるだけで心が癒される気がする。何時の日か、巡礼など出来たらいいだろうね。
「六郷満山霊場巡り 」
そのHP
http://www.kunisaki33.com/index.html

026 最後の宇佐神宮でおみやげやさんでお茶をいただき、そこを後にしたのはごご5時となってしまった。
だんだんと日が暮れてきて、疲れも出てうとうとしていて、さわがしくなって目を覚ますとどこか知らないが山中を走っていて、一面の雪景色であった。

下2枚は27日朝の別府湾。

005_2 別府湾ロイヤルホテル 大分県速見郡日出町大字平道字入江
1020室からの眺め。

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2008年2月 8日 (金)

かきと九十九島

「かき食うカキまつりと遊覧船クルーズ」 牡蠣にひかれてバス旅行に。002
8:00交通センター
西海パールシーリゾートでセルフバーベキュー。
九十九島を約1時間の遊覧船で。
佐世保で海上自衛隊佐世保資料館見学。Kujyuukushima_030

U字溝をひっくり返したコンロに炭火を焚き、かきを焼く。軍手をしても焼けたかきは熱く、ナイフでこじあけるのがなかなか大変。ときどきパチっと貝飛ぶのでそのたび喚声。添乗員さんが化繊の衣服にアナが開くことかあります というのでおちおち食べていられない気分だったが、考えてみれば火の粉がとKujyuukushima_031_3 ぶわけじゃないので心配ないようだ。
かきは1人1.5キログラムあり、小粒が多く、小粒でも味が濃いですというだけあってたしかにうまい。
その後遊覧船に乗る。九十九島は実際には市民ボランティアが調査の結果208の島を確認したとある。
島の条件は満潮のとき、水面から出ていること
陸の植物が生えていること という。『サバをよむ』 ことの反対で珍しい例かな。
海の水は透明度が高い。
        
         Kujyuukushima_012                                              

Kujyuukushima_015_3

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2008年1月 3日 (木)

出水のツルと湯の児温泉

1gatu2ka_008_11 スの日帰り旅行で出水のツルを見に行った。
丹頂ツルのイメージが強すぎて、このようなグレーの
ツルのことは思いの外であった。
周りは黒いビニールの囲いがしてあり、その外から見る。

1gatu2ka_007_2                  

今日は1万2~300羽いるらしい。

出水市荒崎地方がツルのねぐらとなったのは,島津藩による最初の干拓ができて数十年を経た元禄7年(1695年)のころといわれている。

昔は,九州地方にも数箇所の渡来地があったようだが,現在はここ出水市荒崎地方だけとなっている。ツルは,シベリア地方から中国を南下して韓国に渡り,さらに南下して壱岐を通り,長崎半島から八代海を通って,ここに渡来してくるといわれている。
出水地方に渡来するツルは主に,ナベヅル・マナヅル・クロヅルで,時にはカナダヅル・ソデクロヅル・タンチョウなども渡来することがある。
ツルの羽数調査は,夜明けにねぐらから飛立つツルを一羽一羽数えて行なう。
        地元中学のツルクラブが行っているという。

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ツル神社といわれる箱崎八幡宮(出水市)の大鈴。

                                

     1gatu2ka_004

亀神社といわれる水俣神社へもより・・・・。

おめあての「湯の児温泉」三笠屋 へ。

ロビーから大きく海が望めて右手に湯の児島がある。
源泉掛け流しはうれしく、縁から湯が流れていて成分がうろこのようになって層を成している。
小さなひしゃくで飲むことができるのはいい温泉の証拠。

帰りのバスは温泉で温まったせいでいい気分で眠ってしまった。19:30ころ交通センターに帰着。                           

                               

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2007年11月10日 (土)

宮崎県椎葉村 平家まつり

020 023 秘境山里時代絵巻と銘うった

椎葉平家祭り に行く
(宮崎県東臼杵郡椎葉村)

7:30交通センター発10:30頃椎葉に到着。

大型バスは高い山々の鮮やかな紅葉の谷間を走る。
道が狭く対向車が来るとひやひやする。

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1キロほどのメインストリートには露店がならぶ。
猪肉の汁物のサービスに人だかりが出来ている。
耕地に乏しい土地ならではの干し椎茸がどっさり売られていてかなり安いので沢山買う。

村民の人びとは年に一度のお祭りに誰もが主役で
浮き立っている。
おかぁさん連は正調 ひえつき節 におそろいの着物で踊りあるく。

九州山脈の中ほどに位置する椎葉村は、平家の落人が隠れ住んだと言い伝えられる山里である。
険しい山々に囲まれた秘境は耕作地が少なく、また県内でも数少ない降雪地帯のため、稲作に向かず、戦後しばらくまで暮らしのあらかたを、焼き畑による雑穀栽培や狩猟に頼ってきた。
そしてその中から風土色の濃い民謡や神楽などが、多様に生み出されている。

ひえつき節
庭の山椒(さんしゅ)の木 鳴る鈴かけて
ヨーオー ホイ
鈴の鳴るときゃ 出ておじゃれヨ
鈴の鳴るときゃ 何と言うて出ましょ
ヨーオー ホイ
駒に水くりょと 言うて出ましょヨ
おまや平家の 公達(きんだち)ながれ
ヨーオー ホイ
おどま追討(ついと)の 那須(なす)の末ヨ
那須の大八(だいはち) 鶴富(つるとみ)捨てて
ヨーオー ホイ
椎葉(しいば)立つときゃ 目に涙ヨ
泣いて待つより 野に出て見やれ
ヨーオー ホイ
野には野菊の 花盛りヨ

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2007年9月10日 (月)

妙見温泉 雅叙苑

9,10日はかねてより行ってみたかった、妙見温泉の雅叙苑へ。

春に 石原荘 での食事とお風呂のツアーに参加したとき、対岸に見える茅葺屋根が気になっていたが、念願がかなった。

誕生日のプレゼント でもある。 母と娘のふたり旅。

くまがわ1号、いさぶろう、はやとの風 と乗り継いで、嘉例川で降りる。
温泉バスで 雅叙園 へ。
フロントもロビーもなく、別荘タイプの宿。
かやぶき屋根の古民家を移築した部屋が山の中に居るようにしつらえてある。
都会人が癒しに訪れそうな宿。
実際、女将は度々上京し、都会人が何を求めているのか、模索するのです
と旅館の女将たちを紹介する本に書いてあった。

食事は自家製のさまざまな野菜や山菜 放し飼いの鶏、そしてその卵など。
好きな鮎は、夕食に塩焼きを。
朝食には干物で焼きたてを。これは食事どころの入り口で選んだ魚を焼いてもらう。
卵も好きなように調理してもらう・・・。

熱い物、冷たくしたもの、揚げたもの、焼いたもの つぎつぎ出てきて、テーブルが一杯になってしまい、仲居さんにもっとゆっくりに運びましょうねといわれる。 

泊まったのは、贅沢に部屋に露天ぶろがついたもの。
部屋の外の石造りの浴槽には、お湯が四六時中落ちこんでいる。
何の音もしない静けさに湯のながれる音だけがしている。

 誕生日ということで、女将から、シャンパンと無農薬やさいの一折をいただいた。
野菜は新聞紙を舟形につくったものに盛ってある。
あとでこの新聞紙にくるんでお持ち帰りくださいということ。気が利いている。
P1020524        P1020517   

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宿に着いて、ひと風呂あびてから、山に向かって1キロほど歩いて、犬飼の滝へ。
滝つぼの周りに虹がでていた。

健康で来年も楽しい旅行ができますように。                               

                                                       

                                                            

                                                         

                                                         

                                                          

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2007年8月26日 (日)

JR肥薩線の旅

「いさぶろう号」「はやとの風」「つばめ」 に乗れるというので

JR「観光列車で行く南九州乗りまくりの旅 というたいそうなネーミングの1日旅行に参加した。 
観光列車は全部指定席。  参加者は17名。 費用はひとり1万円。
つれあいがJRの引率の人に聞いたところ、自分で乗り継いでいくより、1000円お得です。
という返事だったとか。 

新水前寺 7:45  熊本8:28発 くまがわ1号で人吉

                      人吉発10:03 いさぶろう1号で吉松

    吉松11:19発  はやとの風1号に乗り換えて 鹿児島中央12:50着

P1020462

人吉駅で買ったあゆずしを持って
いさぶろう1号  に乗り、吉松へ向かう。

大畑(おこば)駅は急な傾斜を登るため、旋回するループ線の途中にある。
列車はさらにスイッチ バックをして 登る。

「大畑駅から矢岳駅までの間で列車は242.8m
の勾配をのぼります」 とアナウンス。                                                                      

      P1020460_2                          

いさぶろう1号                                
                       

    

    P1020476_2         

吉松から  
はやとの風1号に乗り換え鹿児島中央へ向かう

P1020484_3         

はやとの風 の車内販売の かれい川 弁当
竹皮で作った弁当箱に感動した。            

P1020488_2

嘉例川駅の名物駅長さん
一時停車のお客さんとカメラにおさまるので大忙し。

P1020463 いさぶろう からの車窓風景
三大車窓風景の一つらしい。5分ほど停車してゆっくりみせてくれる。

鹿児島中央に12:50着  市電で天文館に行き 黒豚横丁 なるところを歩き
ちっとは知られたという、うなぎやでお昼をとり、嘉例川弁当は結局ぶら下げて歩き・・・・。

4時間の自由時間の後、
鹿児島中央発 つばめ18号(これはノンストップ)で 16:56 で新八代
新八代17:33発 リレーつばめ で 熊本着17:53
新水前寺に18:18に着いて、
今日の行程は終了                                                                                                                     

                 2007_08280001                                           P1020472            
嘉例川弁当の竹皮弁当箱

             

車窓の説明板
今日はお天気に恵まれて桜島 まで見えました.。.

京町温泉
粟野岳温泉 なんて文字も目に付く。

                

P1020468

なぜか懐かしさを感じさせる 矢岳駅 。
標高536.9mで一番高いところにある。
SLが展示してあり、現在はD51170 が。          

                                                               

                                                                     

                                                                     

                                                                  

P1020469_2矢岳駅付近のご案内を良く見てみると
 
  人吉民芸の村 かくれ里の湯

というものがあるようだ。

いってみたいなぁ。

 

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2007年7月31日 (火)

日帰りグルメ切符で 湯布院

「リレーつばめ」 と 「ゆふいんの森」 に乗りたくて、行くことにした。
往き 熊本8:30発 リレーつばめで久留米9:18着。乗り継ぎ時間に駅構外に出てみるとまったく涼しい風が吹き抜ける。

熊本ばっかり暑いと思う。
9:50発 由布院の森1号で湯布院着 11:26。

駅周辺は夏休みのため、にぎやか。
宿からのお迎えで11:35 柚布の郷 彩岳館 に到着。
由布岳をみながら温泉に浸かる。
湯船のへりから、少しながらお湯が溢れている。
 
食事処は窓いっぱいにひろがる由布岳を望み、濃い緑と鮮やかな黄緑のコントラストが陽
を浴びてかがやいているのが素晴らしくきれい。
聞くと黄緑のところは、新しく芽吹いたところで、やはり 野焼き をするという。

「湯布御膳P1020120 昼コース」 を地ビールといただく。P1020101 P1020117        食事処からの由布岳

食事のあとは、たたみのお休み処で、あしをのばす。
横になって、少し昼ねをする。

つれあいが、寄せ書き帳をあきもせず見ていたが、みんな食事がおいしいと書いてあったと。
じっさい、食事はなかなか、本格的な和食会席で
満足しました。

湯布院という町は、ここぞという宿を決めて、2,3日滞在し、あちこち町を散策したらよさそう。

ただ、その1軒を選ぶのがなかなか大変です。
現地に行ってみたことで、すこしは感じがつかめたので、「湯布院宿泊マップ」を見て、だいたいこのあたりと、方角のP1020128 見当をつけられるかもしれない。

 帰りは駅まで送っていただいて
往きと同じコースで戻る。湯布院発 15:49 
日が沈み暑さも峠を越した熊本へ18:24到着。

 由布院駅のホームのはじに 足湯 があったが、「改札に行って利用券をおもとめください」 とある。   これはいけません。

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2007年7月12日 (木)

日帰りグルメ切符で 別府 長湯 人吉

                       ふだんは車で行くのだが、ちょっと遠いところは
Hiroe_020JR日帰りグルメきっぷ」。

旅行代金には電車賃と食事代と温泉入浴がふくまれている。
モデルコースとして、帰りの電車の時間が決まっているので、とくに遠方はあまりゆっくりできないが新水前寺駅から乗り降りすることができて便利。

手軽に行けるのが便利。下見的な要素もあり。
よかったらお泊りに再訪すればよい。

今まで行ったところは
別府温泉  「ホテル白菊」 は 九州横断特急で。

長湯温泉
「大丸旅館」 豊肥本線、豊後竹田からお迎えタクシーがあった。 なんと30分も乗って着いた、ひなびた所.。
天下にとどろく ラムネ温泉は、銀色の泡が体中につく貴重な温泉
町のたたずまいにも風情がある。

人吉温泉の 「翠嵐楼」 は近いので時間の余裕があり、帰りの電車の 時間まで、焼酎蔵など見学した。

グルメと銘打っただけあって、どこも食事はよかった。
つぎはゆっくりお泊りで来ようと思ったところもある。

Rimg0003_3Rimg0001_3

    ラムネ温泉

大丸旅館 別館 藤花楼

うらの川の向こう岸にみごとな藤の花。 
かじか が鳴いていて 感激した。

ラムネ温泉  www.lamune-onnsenn.co.jp

 Caeoucx2                               

                  翠嵐楼 の 御影の湯
           創業当時のレトロな雰囲気がよい

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2007年6月29日 (金)

えびの高原&妙見温泉石原荘

P1010936 鶴屋百貨店のバス旅行で、えびの高原へ行った。

みやまきりしまは、最盛期をすぎていたが、見ごたえがあった。

2007_06110029_1 そのあと、新緑の高原をドライブ。

妙見温泉の石原荘で食事と温泉を楽しんだ。

                    

                       石原荘 玄関

                   

                                   P1010937_2                                                                                                        

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