連続講座 『仕方がない日本人』
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女優陣がとても良い。見ごたえのある演技でひきこまれた。
シャーリィズ・セロン、キム・べイシンガー、若いジェニファー・ローレンス。
キムは「7 1/2 WEEKS」 は セクシーなイメージが強かったが、完全に払拭して、あれから24年経って(50才ぐらい?)憂いが加わった。
シルヴィア(シャーリーズ・セロン)はポートランドの断崖に建つ高級レストランのマネージャー。
有能で、エレガントな身のこなしで客の信頼も厚く、店も繁盛している。
しかし職場を離れると人が変わったように行きずりの男と安易に肉体関係を持ち、自傷行為に走る。
自分の心と身体を傷つけてなにかをひきづっているような暗い日々。
ニューメキシコ州の国境の町に住む4人の子供を持つ母親ジーナ(キム・ベイシンガー)は乳がんで手術をした。夫ともセックスレス。
隣町に住みメキシコ人で妻子ある男ニックと愛し合うようになった。それは幸せな日々であった。
後ろめたさはあるものの、家庭を大切にし子供たちを愛している。
ニューメキシコの荒れた大地のトレーラーハウスで二人は会っている。長女のマリアーノ(ジェニファー・ローレンス)は母の行動に不審をいだき、ある日後をつけていき目撃してしまう。
ジーナはいったんはニックに別れを告げるがあきらめられない。
ある日、そのトレーラーがガス爆発を起こし、中の二人は焼け死ぬ。
両家の家族は苦しみ、憎しみあう。
ニックの次男サンティアゴは、父が炎のなかで何を思ったのか、その答えを探ろうとするかのようにマリアーノに近づく。
マリアーノは母の愛した男の姿を重ね合わせる。両親を真似るように密会を重ねる2人はやがて禁断の恋に落ちる。そこにいられるはずもなく2人はメキシコへ逃げる。彼女は身ごもっていた。
あるとき、シルビアのところへメキシコの男が、少女マリアを連れてくる。
農薬散布の飛行機事故で大怪我を負ったサンティアゴから頼まれたのだ。
マリアを一目みて彼女は動揺し逃げる。
それはマリアーノという自分の名前とともに、生まれたばかりで捨ててきた子であった。
しかし シルビアは必死になって2人を探し当てる。
3人はメキシコの病院へ行く。
眠っているサンティアゴに「あなたの父と私の母を殺したのは自分だ」 と告白する。
そしてマリアには母と自分の血が流れていることの恐怖から置いてきたことをあやまる。
ここまできて、時が前後して、なんの接点が無いと思われた 父娘で農薬散布をするメキシコでの飛行機事故の話、ニューメキシコの大地で逢引する中年の男女、ポートランドで空虚な生活を送るシルヴィアと3つの話が1つにつながる。執拗につけまわすメキシコ男の正体もわかる。
トレーラーに火を付けたのは、慕っている母が火事に気がついて飛び出して来てくれるのを
願ったマリアーノのだった。(思いも寄らない大事になって驚くマリアーノの表情がすばらしい)
母の過ちとそれ以上に思い自分の過ち。
二重の十字架を背負って生きてきた シルビア(マリアーノ)。
なんとか命が助かった父親の病室に入るマリアに「あなたも一緒にはいる?」ときかれるシルヴィア。
シルヴィアの表情の変化がよかった。かすかに・・・・。
俳優は顔で語る。
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2009/6/25 世界にマイケル・ジャクソン急死のニュースが流れて、びっくりしてからはや4ヶ月もたってしまった。
この映画は 生前、7月のロンドン公演を控えたマイケルが4~6月にかけて100時間以上にも及んだリハーサルと舞台裏の映像を収録したドキュメンタリー。
10月28日(日本時間)109の国と地域で同時公開された。
ブランクや、年齢(50才)による体力の衰えを感じさせないダンスは健在。
(私が)名付けて、ジャクソン・ダンスは本人はもとより選りすぐりのバックダンサーの肉体の極限に挑戦してるかのような見事なダンスが美しい。
「日常を忘れて、未知の世界に誘う」というコンセプトのように、あらゆるアイテムを駆使して作られるステージは驚くばかり。
どうなってるのこの製作スタッフの頭脳!
今公演のために3D映像で生まれ変わった「スリラー」のミュージックビデオもあった。
猛特訓の様子や音の細部にまでこだわる完璧を求める姿勢も紹介された。
4年で自然破壊をくいとめようとのメッセージの発信もあり。
特にマイケルのファンというわけでもなかったが、ジャクソン・ファイブとして唄っている子供のころの姿をTVなどでよく放映していた。
その後、彼は遠く高いところへいって
しまい、後に「スリラー」のレーザーディスクを購入したのがせいぜいであった。
評判をききつけて、つれあいが買ってきたものだ。
スリラーは単純なストーリーだったが、リズムと目新しいそのダンスに目を見張り、その肉体能力に驚いた。
小さい孫たちがやって来ると、じじばばは恐がる顔を期待して、「スリラー」を再生して見せる。暗くなって月が出ると、少年の目がみるみる爛々としてきて、牙が生え狼になっていくのを凝視してしていたっけ。
ともあれ、コンサートそのものが見られなくなったことは残念。
コンサートは無理でもディスクででもそれを観ることが出来たかもしれなかったのに。
コンサートの成功を納めるにはかなりの重圧があったことだろう。
観たあとで、ちらと頭を掠めたのは「もしかしたら・・・・・」ということだった。
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2009年 アメリカ 
アメリカのある一家。
子供が親を提訴、白血病の姉のために ドナーとなるために生まれてきた妹という重くてショッキングなテーマである。
同名の小説の映画化。
元弁護士のサラと消防士のブライアン夫婦に女の子ケイトが生まれるが、ケイトは幼くして白血病を発症する。
サラは弁護士の職をなげうって治療に奔走する。ケイトの治療の為なら手段を選ばない。
兄のジェシーも両親も「不適合」のため
造血肝細胞移植は出来ない。
サラはケイトを絶対に死なせないとの
決意から、もうひとりの子供を誕生させ
る。
造血幹細胞移植ドナーとなるために、
胚の段階でHLAを選択されて生み出さ
れた女の子サラ。
これを「デザイナーベビー」という(ことを知った)
アナは生まれてから、臍帯血、骨髄移植、末梢血採取等々ケイトのために提供してきた。
幼い子供に同意などあるはずもなく、子供の場合は親が親権者として同意 すれば法的には可能というが、アナは幼い頃から度々の痛みに耐えてきた。
ケイトの骨髄性白血病は再発を繰り返し、14歳になった今、腎不全を起こしかけている。
だんだんと重くなる病状だが同じ病気の男の子との恋がめばえて楽しい日々も過ごした。このあたりは心が和む。ちがったタイプのよく効く薬とサラは言い、家族は明るい気持ちになる。
しかし彼は2人でパーティーに行った翌日死んでしまう。うちひしがれるケイト。
ついに病院と両親はアナに腎臓を提供するように言う。
13歳のアナは「自分の体は自分で決める」といって、提供を拒否し両親を提訴する。
弁護士キャンベルはお金も無い子供の裁判を引き受けた。
自分がてんかんを患っていて、自分の体を制御できない哀しさがアナの理解者となって。
裁判は 『未成年に対しての、両親が医療行為の管理権の放棄を意思表示することを求める』というもの。
裁判は母サラと弁護士との対決になるがアナの勝訴になる。
状態が悪くなり「海に行きたい」というケイトのために、海岸につれだす。
腎移植手術をすれば助かる、あきらめないサラは半狂乱になって病院から連れ出すことに反対するが後でやってきてケイトをやさしく抱きしめる。
海岸で一家は楽しそうに遊びに興じるが、もの哀しさが漂う。
いよいよケイトの状態は悪くなる。
ケイトはサラと話がしたいという。
二人だけになったケイトは今までの思い出を1冊のアルバムにして母にプレゼントをする。
そして、「もう治療はやめてほしい」「死にたい」とアナに頼んでいたことを話す。
その為にアナは両親を訴えたのだ。
母サラはやっとケイトの死を受け入れる。
これは難病の子供をもった家族の揺るぎない絆をあつかったという映画かしらん。ドナーとして生まれてきたアナの尊厳を考える映画でしょうか。原作を読めばもっと解るかも。
母親役のノーメイクのキャメロン・ディアスは光っていた。
スクリーンに現れた瞬間感じた。
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大江塾の10月の学習は熊本地方裁判所見学だった。
折りしも今日は、熊本県内で初の裁判員裁判が行われる日で、裁判所の前は報道陣で混雑していた。
GOOD TIMINGだったかも。
そんなわけで、裁判を見学することは出来なかったが
放火犯の裁判員裁判の模擬をDVDで見た。
村上弘明はじめ映画スターの面々の
出演でドラマ仕立てになっていて、大変解りやすかった。
裁判員に当たったら大変だなぁと思っていたが、制度とその役割を少しは知って、クジに当たったら拒否しないで、やってみてもいいかもしれないと思った。
子育て中でもなく、仕事を持っているわけでもなく、免除される高齢でもなく
お断りする理由がありませんね。
選挙人名簿から候補者名簿へ、最終は6人(補充3名)の裁判員にとだんだん絞られていく行程がすべてクジできめられる。これ以上の公平はないと妙に感心した。
どっさりの資料をいただいた。
マンガ版ありQ&A形式あり、至れり尽くせりの解説本で勉強してみよう。
裁判所自体は人員も増加になり仕事量も増えたという解説員。
この制度のために莫大なお金もかかっていることも見逃すことは出来ない。
資料の数々
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第二次世界大戦下、8歳の少年ブルーノは、ナチス将校の父と母、姉とベルリンでのびのびと暮らしていた。
ある日、父の栄転でベルリン郊外に引っ越すことになる。
そこはベルリンから遠い々々ところだった。
大きな屋敷であったが、周りに家もなく、友達も居ない。警備兵に取り巻かれた生活。
2人には家に家庭教師がやって来る。
母親の買い物は父の部下の中尉の車で出かけるような辺鄙なところだ。
母も姉ももちろんブルーノもそこがどういうところだか知る由もない場所。
ある日、林の向こうの煙突からあがる煙を見て、母親は中尉に尋ねショックをうける。中尉は「奥様はご存知なかったんですか」
それ以来母親は半病人になってしまった。
一人で遊ぶブルーノに裏庭の林の奥に農場が見えた。
探検心に溢れたれたブルーノはこっそりと裏庭の先を目指して走った。
そこは鉄条網が張り巡らされた場所だった。そこで、縞模様のパジャマを着た8歳の少年シュムエルに出会った。

友達の無いブルーノはこっそり食べ物やチェスを持っていきフェンス越しに遊ぶようになる。
2人はやがて心を通わすようになる。
収容所長の邸へでガラス磨きにシュムエルがやってくることになった。
彼に食べ物を与えたことが見つかり、恐い中尉に「シュムエルが盗った」といってしまう。ブルーノは後悔の涙を流す。
シュムエルは折檻され収容所に戻される。
ブルーノは、鉄条網のところへ行ってみるがなかなか会うことが出来ない。
やっと出てきたシュムエルは父親の姿が見えなくなったと伝える。
ブルーノは、一緒に探すことを約束する。
鉄条網の下にトンネルを掘って向こう側に行くことを思いつく。シュムエルが縞のパジャマを持って待っていた。
着替えた2人は収容所内を探し回るうちシャワー室送りの囚人の列に押し込まれてしまう。
その日は母親が、子供たちをここにおくことは出来ないと決意し、引越しの日であった。
出発の時、ブルーノを探すがみつからない。
ブルーノが持ち出して途中で落としたパンを見つけ、家族が走った先はもう扉が閉じられたシャワー室だった。
ブルーノの父は、ただ国の為に仕事をする。部下の中尉の父親がスイスに逃れたことを申告しなかったことで前線に送ってしまう。 母は夫の仕事に何も疑問をもたず過ごしている。
子供たちはなおのことだ。所長の父親はただ出世した息子を誇りに思う。
母親はこの国に少しは疑問を持ち、「私が育てた息子は・・・・」と悲しむ。そして孫たちのところへは訪れない。
戦時下という時代は、体制に疑問をもつことが許されないという悲しい時代である。
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第51回 熊本県芸術文化祭オープニングステージ
白鳥の湖 (全幕) を観た。
熊本「白鳥の湖」 七団体協議会から若いバレリーナ90名が参加して、オーデションを開催し、60名が選抜されて公演にあたって準備してきた。
ジークフリートをはじめ、8人の男性ソリストは東京シティーバレー団からのゲスト出演で、オデット、オディールは地元のバレリーナでたいへん見応えがあった。
とにかく衣装が素晴らしく綺麗だった。
舞台装置も、明るく広く、とてもよかった。
ふと観ているうち、配役が違えば当然違ったジークフリートやオデットになるんだろうなと当たり前のことを思った。
振り付けは原則でも体型も違えば、踊り方も違うのだもの。
バレーとは体の動きで語ること。
それがとても美しい。
ものごころつくかつかないうちから、鍛錬をして体つくりからはじめる。
しかし、身体にとっては大変酷なダンスではある。
だれにでも出来ることではなく、持って生まれたスマートな体型に才能、努力が加わって培われるもの。
それゆえに美しい。
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「伊語 全2幕 」とあるので、劇の進行が解るかと不安に思っていたが、
ちょっと厚い解説書と舞台の両脇に字幕スーパーが流れるので、皆目解らないと言う事はなかった。
それに予めストーリーを読んでおいたので
面白く観ることが出来た。
とにかくオペラというものは贅沢なものである。
お芝居と歌とオーケストラと3つが同時に楽しめるのだから。
そのどれ一つをとっても、単独でも楽しめるものばかりなのを3つ合わさっているのだもの。
女性のアリアは天上の声のように美しく、男性の声もあたたかく力強く響く。
6重唱にいたっては素晴らしいハーモニーでうっとりする。
いたるところでモーツアルトらしい曲がながれてうきうきする。
ストーリーとしては単純といえば単純。
スペインのドン・ファン貴族、ドン・ジョバンニの不行の数々は目に余る。スカートをはいてさえいれば口説くことに余念が無い。
その上、娘の父親を殺めてしまう。
天罰で最後は地獄に墜ちるというもの。
機会があればまた観たいものです。
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アフガニスタンのバーミアン遺跡の近くに住む
6歳の少女バクタイは、洞窟の住まい。隣の男の子アッバスが学校で習った話を読むのを聞いて、学校に行きたくてたまらない。
ノートを売っているおにいさんに卵を売って20ルピーもってくれば、ノートと鉛筆をあげようといわれ、家のにわとりが産んだ卵を持って市場へ行き、一所懸命に売ろうとするが誰も買ってくれない。
4個の卵は小さな手に余り、2個を落としてしまう。
鍛冶屋のおじさんがパンなら買うというので、パンを焼いている女の人からやっとのことで、パン一つに換えてもらい、10ルピー持ってノートだけを手に入れる。
ペンがないので母親の口紅を持ち出す。
バクタイは心を弾ませて学校へ向かうが、着いたところは男子校で、追い返されてしまう。
女子校を探して川に沿って下ると町の女子の学校があった。
席はないので、おしくらまんじゅうをするうち、口紅を女の子たちの顔にぬりつけ、いたずらをはじめる。
この女の子たちもほほえましく可愛い。
やっと気がついた先生に見つかり追い出される。
途中、またもやタリバンごっこをする少年たちにノートを取り上げられいじめられる。
バクタイを探しに来たアッバスもいじめられる。
大人たちは「あっちへいって遊べ」というばかり。
子供たちがどんな遊びをしているかの関心も無い。
タリバンごっこの子供たちは、怨念が乗り移ったような恐ろしい顔をして、「神を信じないものには死を」「アメリカのスパイは殺す」などといって、執拗にせまってくる。
この子供たちが怖い。
「女は学校に行くな」「口紅を持っている女は石打ちの刑だ」。
「戦争ごっこは嫌い」と泣きながら何度も言うバクタイ。
取り囲まれ今にも石を投げつけられそうなバクタイはアッバスの「死んだふりをしろ」との声にばったりと倒れる。
この子達はどんな大人になるのか。
この児たちが大人になった時のアフガニスタンは・・・・・。
背景はどうしようもなく暗いが、バクタイをかばうアッバスや、川下の学校の女の子たちや、純真無垢なバクタイがなんとも可愛いく、救われる思いがする。
2007年 イラン・フランス合作映画。
ハナ・マフマルバフ監督は19歳。
イラン映画 モフセン・マフマルバフ監督の娘。
子供の情景 公式HP
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コネチカットで暮らす大学教授のウォルター(リチャード・ジェンキンス)は、妻と死別。
ロンドンに住む一人息子とも会うこともなく、本を書く事にも、教える事にも情熱を燃やせず孤独で憂鬱な日々を送っていた。
妻の残したピアノをレッスンしているが、4人目の先生に「止めるときは私にピアノを譲ってといわれる」始末。
ある日、共著に名前を貸しただけの同僚の代理で学会に出席するためニューヨークを訪れた彼は、マンハッタンにある自分のアパートに見知らぬ若いカップルがいて驚く。
知人に騙されて住んでいたそのカップルは、シリアから移住してきたジャンベ(アフリカンドラム)奏者のタレクと彼の恋人でセネガル出身のゼイナブだと名乗る。
強制送還の可能性もある2人は、素直に詫びて出て行こうとする。
だが、行くあてのない2人に、ウォルターはしばらくの間一緒に住むことを提案する。
ジャンベに興味を持ったウォルターは、その演奏法をタレクに教わり、セントラルパークへストリートセッションにでかける。
初めての体験に充実感を覚えるウォルター。
ジャンベを介して友情を深めていく。
ジャンベをたたく楽しさを知り、生きる楽しさを取り戻して行くウォルター。
だが、タレクは地下鉄無賃乗車を疑われて逮捕され、入管拘置所へ入れられてしまう。
グリーンカード(永住許可証)を持たないために不法滞在の身を暴かれてしまった。
ウォルターは何とかして彼を釈放させようと弁護士をつけ奔走する。
ゼイナブのためにも、毎日訪れてタレクを励ます。
そんな時、タレクの母であるモーナがミシガンからやってくる。連絡の無い息子を心配して。
タレクの部屋だからとて留まることを勧める。
2人の間にはほのかなロマンスが生まれる。
ウォルターの表情が明るくいきいきとしてくるのが観ていて楽しくさせる。
そのうち、タレクはシリアに強制送還されてしまう。
自分のせいだと悲嘆にくれたモーナはウォルターに打ち明ける。
シリアから子供のタレクをつれアメリカにやってきて(移民)、仕事にも付き、すっかりアメリカに落ち着き、永住許可をとるためのうちひとつだけ、移民面接の召喚に応じていなかったことを。
それほどにアメリカという国に馴染み、自由と寛容さを信じていたから。
モーナは息子の後を追ってアメリカを去る。
一度国外に追放されれば、もう会うことはできない。
ふたりの別れは切ない。
モーナの旅立つ空港の星条旗はむなしくかすんでいる。
アメリカは9・11以降、移民希望者や不法滞在者に極めて厳しい措置をとるようになった。
ウォルターはモーナを見送った後、ジャンベをもってかつてタレクとセッションをした地下鉄のホームへ走る。
ジャンベを打ち鳴らす姿は、このアメリカに抗議をするかのように、他国の人達との別れを哀しむかのように、見つけた新しい人生を喜ぶかのように。
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かつて栄光を味わい、今はすべてを失った男。
誰もが避けることのできない老いと孤独。
愛と葛藤を越え、
自分が最も輝ける舞台へー。
”ザ・ラム”のニックネームで知られるプロレスラー、ランディは20年前は人気絶頂だったが今は年を重ね、体にムチうちながら、ドサ廻りをして食いつないでいる。
残酷な観衆のの欲望に応えるかのように、危険な技はエスカレートするばかり。
身を削っての興業。
成長ホルモンをはじめ、沢山の薬に依存、ステロイドの副作用で心臓発作を起こす。
バイパス手術を受け、仕事には戻れないことを告げられる。
ガールフレンドのストリッパー・キャンディに打ち明けると、家族に会うよう勧められる。
彼には昔捨てた娘、ステファニーがいたが案の定相手にされない。
レスラーをあきらめた彼はスーパーマーケットの売り子をして生計を立てる。
キャンディの助言に従ってステファニーにプレゼントをしたり小さいころ連れて行った場所へいったり関係は修復したように見えたが、ある日キャンディにプロポーズをして振られ、酔いつぶれ、ステファニーとの夕食の約束を破ってしまう。 父娘の未来はない。
自分の居場所は何処に・・・・・。
孤独なランディは復帰を決意。
20年前の相手との再戦に臨む。
駆けつけたキャンディの制止を振り切り、リングにあがるランディ。
ここにしか生きる場所は無い。
観衆は湧きに沸く。
相手は「もういい、無理はやめろ」 と耳打ちするが、ランディの売り技、ロープに仁王立ちになり相手の上に飛び降りようとする。あとは・・・・。
*
プロレスリングもボクシングも全然興味がないが、ミッキー・ロークという俳優は記憶にあった。
1980年代には、セクシーな魅力を持ったキャラクターがセックス・シンボルとして賞され、
『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン(1985)』、『ナイン・ハーフ()1985』、『エンゼル・ハート(1987)』 等を観た。
独特な雰囲気に魅了された思い出がある。
15年以上も前のそのころ、鶴見の家は娘たちがいて賑やかで、リビングでよく映画を観たものだった。
つれあいは大の映画好きでレーザーディスクやCDカセットを揃えていて、上の3本はレーザーディスクで観た。
それから長い月日が流れて、私の前に忘れていたミッキー・ロークという名前が飛び込んできた。
雑誌か何かで知ったミッキー・ローク復活・・・。
しかし当然ながら、いま見た彼は以前とは全くの別人。
その変わりように唖然といったほうがいいかもしれない。
持ち前の甘いマスクを嫌って、またボクシングで傷めた顔の修復とか整形を繰り返したらしい。
かれはボクサーでもあった。
肉が付いた大きな顔はいかついが、哀しいプロレスラーのその目の奥にやさしさが宿っていた。
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シネパラダイス10周年記念 アンコール上映特集 のひとつ。
2004年 イギリス
それは、短く幸せな夏。
イギリス姉妹と異国の青年ヴァイオリニストが織り成す人生の宝石箱。
第二次世界大戦前。イギリス、コーンウオール地方(半島)の美しい漁村に暮らす初老の姉妹、
アーシュラ(ジュディ・デンチ)とジャネット(マギー・スミス)は両親の残した屋敷と財産に恵まれ、庭の花々の手入れや読書を楽しみながら日々を穏やかに過ごしていた。
ある嵐の翌日、姉妹は眼下の浜辺に若い男性(ダニエル・ブリュール)が倒れているのを発見する。
ふたりは我れ先に競って看病し、生活の全ての面倒をみる。父の贔屓だった仕立て屋で上等の洋服をあつらえたり、好きな食事をこしらえたりする。
彼は時がたつにつれアーシュラにとって大きな存在となっていく。
ポーランド人の彼に英語を教える。
除々に覚えていくアンドレアとの楽しい会話やヴァイオリンを聴きながら、ある感情がわいてくる。それは恋にひとしい。
しかしアンドレアは突然、連絡も無くこの地を去ってしまう。
美しく若い女性画家が彼のヴァイオリンの音色を聴いて才能を発見したのだった。
兄であるヴァイオリンのマエストロに会わせるため、急遽ロンドンへ連れて行ったのだった。
しばらくして
ロンドンのアンドレアから手紙が届く。
そこにはロンドンでデビュー・コンサートを行うとあり、アーシュラとジャネットはロンドンへ向かう。
彼の奏でる美しい調べを聴くために。
コンサートは大成功。
前途を祝福されるアンドレアの前から二人は去ってゆく。
海辺の住まい、二人の老姉妹、親の遺産があるなどの背景や、人物構成は私の好きな映画8月の鯨(1987 リリアン・ギッシュ、ベティ・ダイビス) にそっくりの設定だった。
物語が進むにつれアーシュラが恋愛の面では満ち足りた人生を歩んできたわけではないことがわかってくる。
アンドレアに感情移入してしまう、ジュデイ・デンチが渋い演技ながら、可愛い。
ジャネットにたしなめられるとアーシュラは我に返る。その傷心がもの哀しい。
姉妹にとって忘れられないひと夏の出来事である。
コンサートでの 『ヴァイオリンと管弦楽のための幻想曲』 は素晴らしく、おもわず拍手しそうになった。
ナイジェル・ヘス(Hess, 1953- )が映画「ラヴェンダーの庭で」のために作った。
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シネパラダイス10周年記念 アンコール上映特集 の一つ。
2003年 イタリア、イギリス製作。
すでに多くのドキュメンタリーが製作されていて、その業績はドキュメンタリーのほうが判りやすいとおもう。
ドラマではどんな風に描かれるか関心があった。
清純なジュリエットのイメージしかないが、特殊メイクで付け鼻をして老け役に挑戦したOLIVIA HUSSEYのテレサは見ごたえj充分であった。
テレサは1929年から、カルカッタで上流階級のカトリック修道院の女子校で教鞭をとっていた。
1946年、イスラム教徒とヒンズー教徒との抗争で負傷したインド人を助けたことで修道院長と対立する。
テレサは街へ出る。そこで極貧の人々を目にし、救いの手をさしのべる。
その行為は宗教や人種にこだわらず、ただ愛情を傾けること。
彼女は修道院を離れて活動を行う許可を求めたが、カトリックの上層部はすぐには許可を与えなかった。
テレサの慈善事業は修道院やバチカンに問題視されたばかりか、布教が目的ではないかとインド人からも批判される。
やっと教皇から修道院外の居住の特別許可が得られ、カルカッタのスラム街に入り手始めに学校に行けないホームレスの子供を集め授業を行う。
その後、信念に従って自由に活動できる「神の愛の宣教者会」を設立する。
インド政府の協力でヒンズー教の廃寺院を譲り受けホスピスを開設。
以降インド国内ばかりかインド国外での活動が可能になり、修道会は世界規模で貧しい人々のために活躍するようになった。
世界のマザー・テレサとなった彼女は数々の賞を受けたが、特に1979年 ノーベル平和賞を受けたことは周知の通り。
宗教に素づいた強い信念の人であったが、ユーモアの心も持ち合わせて、バチカンへの飛行機代が高く買うことが出来ない。
割引してくれというが聞き入れられない。そこで付いてきた2人の若いシスターをスチュワーデスとしてお手伝いさせますから・・・・というくだりには笑ってしまった。
沢山のエピソードや語録があるが、ノーベル賞受賞者の晩餐会には出席しなかったが、貧しいカルカッタの人々のために賞金192,000弗は受け取った。
「このお金でパンがいくつ買えるのか」と聞いたという話も心に残るひとつである。
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興福寺1300年記念 国宝 阿修羅展
九州国立博物館 (福岡県太宰府市石坂4-7-2)にて
阿修羅展に行きました。
初日なので混んでいるのではと心配されましたが、ゆっくり観ることができました。
少し期待を持って、薄暗い部屋に入ると、ぱっと目に入ったもの。
やわらかい光の中に阿修羅像が浮かんでいました。
一瞬きれいだ!と思いました。
おいしいものは最後にとっておく気持ちで、すぐ目をそらして、まず他の展示物を観て廻りました。
阿修羅の周りは午後3時ころでもあり混雑なく、ゆっくり像をひとまわりできました。
身体は太らず痩せず、背も高からず低からず端正な体つきが大変美しいものでした。
もっともまだ少年らしいのであまり立派な体格ではありません。
六本の御手が形良く絶妙な配置でした。
お顔は何時まで見ていてもあきないと思われました。
その感じ方は、こちらの時々によって変わることでしょう。
形は人間で親しみ深いのですが神なので、鼻の穴は無く、耳珠もありませんとの説明でした。
また、お釈迦さまの教えは『懺悔』
キリスト教では『悔い改めよ』 と同じようなことでしょうか・・・・・。
仏像のことは解るはずもなく、また深く識りたいともおもわず、今のところは、ただ仏様に会いに行ったわけでした。
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映画館・シネパラダイスの
10周年記念
アンコール上映特集 のひとつ。
1989年 イタリア
・・・・・「現在のローマ。
夜遅く帰宅した映画監督のサルヴァトーレは、留守中に母からアルフレードが死んだという電話がかかっていたことを知らされる。
その名を耳にした途端、サルヴァトーレの脳裏には、シチリアのジャンカルド村での少年時代の思い出が甦るのだった・・・・。
終戦後、戦争に行った父を待ちながら母マリアと妹の三人暮らしだったサルヴァトーレはトトと呼ばれ、母親に頼まれた買物の金で映画を観るほどの映画好きだった。
そんなトトを魅了していたのは映画館パラダイス座の映写室であり、また映写技師のアルフレードたった。
パラダイス座には司祭検閲があり、そのせいで村の人々はこれまで映画のキス・シーンを見たことがなかった。
トトはいつも映写室に入り込む機会を窺っていたが、アルフレードは彼を追い返そうとする。が、そのうち2人の間には不思議な友情の絆が結ばれてゆき、トトは映写室でカットされたフィルムを宝物にして集めるのだった。
しかしある日、フィルムに火がつき、パラダイス座は瞬く間に燃え尽きてしまう。
そしてトトの懸命の救出にもかかわらず、アルフレードは火傷が原因で失明してしまうのだった。
やがてパラダイス座は再建され、アルフレードに代わってトトが映写技師になった。
もはや検閲もなく、フィルムも不燃性になっていた。
青年に成長したトトは、銀行家の娘エレナ恋をし、やがて愛を成就させ幸せなひと夏を過ごすが、彼女の父親は2人の恋愛を認めようとせずパレルモに引っ越しし、トトは兵役についた。
除隊後村に戻ってきたトトの前にエレナが2度と姿を現わすことはなかった。
アルフレードに勧められ、トトが故郷の町を離れて30年の月日が経っていた。
アルフレードの葬儀に出席するためにジャンカルド村に戻ってきたトトは、駐車場に姿を変えようとしている荒れ果てたパラダイス座で物思いに耽るのだった。
試写室でアルフレードの形見のフィルムを見つめるサルヴァトーレの瞳に、いつしか涙があふれ出す。
それは検閲でカットされたキス・シーンのフィルムを繋げたものであった」・・・・・
ジャンカルド村の映画を愛する人々がとてもいきいきとして明るい。
検閲でラブシーンがカットされているにもかかわらず、思い思いに楽しんでいる映画大好きな善良なイタリアの人達。
台詞を一言も違えず覚えているおじさんが、俳優より先にしゃべっている。
この映画を見ていくうち気持ちが、おだやかになっている。
トトの子供時代の可愛さ。
アルフレッドとの温かいふれあい。
青年時代の初々しい若さ。
30年も帰ってこなかった息子を、いつか帰ってくることを信じて、使っていた部屋、身の回りの品々をそのままに残しておいてくれた母親の深い愛情には胸が熱くなった。
映画はテレビやDVDが出来て下火になった。
観客の来ない映画館は壊される。
功成ったサルバトーレ(映画監督になった?)はパラダイス座を再建するが、また、映画で人々を楽しませることが出来るだろうか。
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2006年 中国
21世紀初頭の中国内モンゴル自治区。
こういう世界がまだある。
砂漠化が進み羊の放牧も遠方へ々々と行かなくてはならなくなってきた。
水の調達もままならない荒れた原野。
水は数十キロ離れた井戸まで汲みにいかなくてはならない。
井戸掘りの事故で足が不自由になった夫の分まで働きながら貧困と闘うトゥヤーの生活は苦労の連続だが、2人の子供とともにたくましく生きている。
過労から腰を痛めたトゥヤーを見かねた夫のバータルは、彼女に離婚を切り出す。
自分だけでも彼女から離れれば、それだけトゥヤーの生活が楽になるだろうという気遣いから。
トゥヤーはこの申し出を受け入れ離婚をする。
自分と家族を養ってくれる男と再婚することを決心する。
だがその条件は、別れた夫バータルが自分や子供たちと同居することだった。
再婚を決心したトゥヤーのもとに、次々に結婚を申し込む男たちが現れる。
特に石油成金の幼なじみボロルが、十何年思いを寄せていたといい、結婚を申し出る。
この豊かな彼と結婚すればトゥヤーや2人の子供たちは救われる。
しかしバータルの同居ををどうしてものめないボロルはバータルを施設に預ける。
バータルは傷つき自殺をはかる。
いつも静かなトゥヤーは 「今ここで死んでくれ、自分と子供も一緒に死ぬ」と怒る。
そんな時、女房に駆け落ちを繰り返されている情けない隣人センゲーが
トゥヤーのために井戸を掘り始める。
彼を心配して井戸にもぐってきたトゥヤーに、井戸の底でプロポーズをする。
トゥヤー一家に起こった全てを見ていたセンゲーは、彼女とー家全員を理解し愛している。
彼は心からバータルを受け入れてくれる男だった。
センゲーとトゥヤーの結婚式で、バータルは祝い酒を飲む…。この心境は複雑だ。
皆に祝福されるその日、トゥヤーは幸せとはいえない複雑な顔をしている。
外では子供が2人のとうちゃんがいるといじめられている。
どんな苦難にも凛然と立ち向かってきたトゥヤーは、部屋に逃げ込んで初めて泣く。
それは、結婚はしたけれど、前途多難であることを物語っている。
07年ベルリン映画祭金熊賞受賞。
外部リンク 内モンゴル
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ヴァチカンを光と闇が包み込む─
ダ・ヴィンチ・コードから3年─再び、世界は震える。
「ダビンチ・コード」では、スーパーと画面を両方見ているうち謎解きにおいていかれたので、今回は画面に専念できるようにと思い、吹替版を観る事にした。
教皇の逝去にともない、新教皇を選ぶコンクラーベが開始され、サン・ピエトロ寺院広場に群集が集い、今か、今かと決定の白い煙を待っている。
だが、400年前に弾圧された科学者の秘密結社「イルミナティ」がこの機に乗じて復讐を始める。
有力候補の枢機卿4名が誘拐され、科学の四大元素、土・空気・火・水を表す焼印を胸におしつけ1時間ごとに殺害するという。
ヴァチカン当局はラングドン教授を呼び事件捜査の助言を求める。
おりしも科学者は街をふきとばす破壊力をもつ反物質を完成したが、これを奪われローマのどこかに隠される。
テロ計画とのタイムリミットの戦いがはじまる。
ラングドンはバチカンの書庫からガリレオの書物を見ることに成功し、暗号からヒントを得る。
実際こちらは、ナゾすら解らないうち、ラングドンはあっちだこっちだと叫びながらバチカン、ローマを駆け回りなぞを 解いていくが、今回もナゾ解についていけない。
あまりにもスムースにナゾを解いていく。
タイムリミットが迫るなか、教皇の代理人カメルレンコが反物質を持ってヘリでバチカンから脱出するという英雄的行為に出るクライマックス。
彼はバチカンと共に死ぬ気だったとおもわせる・・・・が。
危機一髪、反物質は空中で大爆発を起こしたがカメルレンコはパラシュートで脱出する。
バチカンは破壊から救われた。
が、ここからがどんでん返しで、じつは教皇を殺したのは
カメルレンコであった。
宗教と科学は永遠の対立。
現実的には折り合いをつけているのに、心情的には神の優位をゆるがすものは絶対に認められないカメルレンコ。
宗教が天使で、科学が悪魔か、はたまたその逆なのか。
サン・ピエトロ寺院内部と地下のハイテクには目を見張る。科学を否定しているはずの教会。
地下はこんな建造物になっていたのだ。
システィーナ礼拝堂の儀式も厳粛で美しい。
とくにラストのサン・ピエトロ広場を上空から俯瞰するシーンには感動した。
映画ってこうでなくっちゃね。
また、行きたいな。イタリア。
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それは、人の心に落とされた「疑惑」という名の一滴の毒
主要人物は3人の聖職者。
神父(フィリップ・シーモア・ホフマン)と、古い価値観から逃れられない厳格な校長(1メリル・ストリープ)、そして純粋な新人教師(エイミー・アダムス)。
新人教師は唯一の黒人の男子生徒に優しい神父に、不適切な関係にあるのではないかと不信をいだき校長に相談する。
神父は開かれた教会を目指す人望厚い人物だが
校長には気に入らない。
校長は疑惑を募らせ、その疑惑は確信となる。
が,誰も見たものは無く証拠もない。
校長は、彼の存在を排除しようと異様な執念をつのらせ執拗な追跡をする。
二人は相手の本性を暴こうと激論をかわすクライマックス。
もしかしたら神父にその疑惑はあったかもしれない。校長もまた疑惑をもたれるようなことが無いとは断定できない。
男子生徒の母親(ヴィオラ・ディヴィス)の信念は強い。この女優は存在感があった。強い母親。
疑惑が有るなしにかかわらず、それが確かであるなしにかかわらず、弱い立場のものは受け入れるしかないのだと。
校長の陰謀は稔ったかにみえたが、神父はより上の地位を得てこの教会を出て行く。
校長はなんの立証もないまま、疑惑をかためるためのウソの力を借りていた。
これはもう敗北。
疑惑とはなにかと思う。
疑惑とは対象を正しく見る目が欠けているとき。
しかしことのはじまりは疑惑から始まることもたしかなことなのだ。
立証されない疑惑をもつことは身を滅ぼす。
ただ引き返すことが重要なのだ。ピュアなシスター・ジェイムズは引き返したではないか。
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平成21年度
大江まちづくり交流室・公民館
主催講座 レディース大江塾
自ら企画し運営する女性学級という
が始まった。70名の応募があり50名が抽選に当たった。
月1回、主に第2水曜日。5月から22年の2月まで。
目的として
生活に役立つ講座を自主的に企画運営し、学習を通して知識や教養を深め、地域とふれあい、お互いの交流をはかるというものである。
きょうはオリエンテーションの日。
初めての人が過半数を占めた。6人と7人の組に班わけをした。
体操教室で一緒だったかた、ボランティアーズでの方、あちらこちらでご一緒した方の顔がある。
人口が少ないことと、さまざまな学びの場を行政が用意してくれているということか。
「自ら企画し運営する女性学級」 ということでどんなことをするかわくわくするところもあったが
やってみたい、学んでみたい事柄をピックアップして並べてみると過去の学習を再度計画に入れたものが多かった。よい企画なので初めての人が希望したからである。
その内容は
5月 開級式
6月 家庭で省エネ大作戦~地域にも家計にもやさしい生活を~
これはすでに組み込まれているもので行政の意図がみえる。
7月 おしゃれセミナー
8月 小林先生の講演 また聴きたいという声が圧倒的だったので、
初めての人はどんな話が聴けるのかは不明。
9月 認知症について
10月 裁判所見学
11月 里山を歩く
12月 音楽療法
1月 ヨーガ
2月 AED
それぞれの講座は当番組がお世話をすることになる。
担当職員の田村(女性)は皆さん仲良くお願いしますと2度も言われたのがおかしかった。
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クリント・イーストウッド監督、主演。
俺は迷っていた、人生の締めくくり方を。
少年は知らなかった、人生の始め方を。
戸田奈津子訳は嬉しかった。訳が何故か好きなのだ。
往年のキャラハン警部も長じて苦虫かみ殺した、こんなにかっこいいジィ様になりました。
イーストウッド演じる孤独な老人ウォルト・コワルスキーは長年フォード社で組み立て工として勤め上げた。
その一徹さは、地下室に50年かけて揃えた道具類が整然と並べてあることが物語っている。
妻に先立たれ、子や孫にも疎まれるような偏屈で人種差別主義者。
息子が日本車のセールスマンであることも気に入らない。
デトロイトの住宅街の周りにはアジア系移民が多くなり、苦々しく思っている。
楽しみはビンテージ・カー グラントリノをピカピカに磨くこと、愛犬ディジーとの生活、ビール。
朝鮮戦争の帰還兵でもある彼は人を殺したことに深く傷ついていた。
妻は彼の懺悔を望んでいたが聞き入れない。
牧師がたびたび訪れるが憎まれ口で追い払う。 
隣家にモン族の家族が越してきた。
その家の少年タオが不良少年グループに絡まれているところを見て、自分の庭から追い払おうとライフルを持ち出すが、結果的に少年を助けることになる。
タオの家族はお礼に数々のプレゼントを持ってくる。始めは迷惑だったが次第にうちとける。
そんな折、又もアジア系移民のギャングがタオにグラントリノを盗ませようとする。
タオに銃を向けるウォルトだったがなぜかこの気弱い少年が気がかりになる。
彼ら家族の暖かさに親しみを覚え、タオに一人前の男として仕事を与えようとする。
隣家やその周りのアジア人にだんだん心をひらいて行くウォルトの様子はとても温かい。
大人の会話とはと相手との話の仕方まで教える。
床屋や建築業の男とのため口のやりとりがとても面白かった。
女の子とのデートには大事な愛車を貸すという。
そんな時、報復に現れたキャングに姉弟は暴行を受ける。
ウォルトは自分が関わったことが姉弟の危剣な目にあわせたことを悩む。
そしてかれの正義感がある決心をさせる。
吐血し長くない命を知っていた彼はタオをおいて一人報復に向かう。
死を覚悟した彼は死装束を用意し、牧師のところへ行き懺悔をするが戦争で人を殺したことにはふれない。
それは彼がいかにそのことに深く傷ついて背負っていたかがわかる。
ウォルトは先に銃を抜くそぶりをしてギャングたちに自分を撃たせる。
あのグラン・トリノはタオにとの遺言を残していた。
ここでアメリカの銃規制はどうなっているか知りたいところ。
アメリカの銃規制に関して。西森マリーさんから引用すると・・・(要約)
『アメリカでは8,000万人が銃を所持しています。
でも、これはあくまでも銃所持を登録している人たちの数なので、不法に銃を持っている人々の数も入れたら、銃所持者の数は一気にふくれあがることでしょう。
テキサスなどの中西部や、南部、コロラドやモンタナなどの山岳部や北西部ではウォールマートを始めとするごく普通のスーパーマーケットで銃や銃弾を売っています。
ですから、これらの地方のアメリカ人たちは子どもの頃から銃を当たり前の日用品としてとらえていて、銃を所持することは合衆国憲法によって守られているアメリカ人の基本的人権だと思っています。
銃規制派、反対派はアメリカをまっぷたつに分けて、年々溝が深まるばかり、という状態です。』
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インド ムンバイに住む2人の少年の母はイスラム教狩りで死んでしまう。
兄サリームと弟ジャマールの2人はスラム街の浮浪児となって生きのびていくが、闇のブローカーに捕まり金集めに働かされる。そこでは少年虐待も行われていた。
ついに脱走に成功するが一人の女の子ラティカを残してきてしまう。
ジャマールはひょんなことでテレビ番組のクイズ・ミリオネアの回答者となる。
スラムで育った無学の少年に判るはずもない正答が、あまりの的中率に賞金を払いたくない当事者はいんちきを疑い詐欺容疑で警察に捕えさせる。
警察署での厳しい尋問で語られるのは彼の過酷な半生と少女ラティカを思い続けたことだった。
難問が続くクイズに正当が得られたのはその半生の経験から導かれたものであったという偶然は絶句もの。
たとえば100ドル札などに縁のない彼が,その札に印刷された大統領の名前を言い当てる事やピストルの発明者をこたえられたことは,彼の歩んできた暗い経験の記憶から導かれたものだった。
ジャマールはラティカが見てくれることを信じてクイズの回答者となった。
回答をするジャマールの、無欲な表情。
結局はサクセスストーリーでかつ純愛ものですが、音楽もテンポよく、面白く見ました。
第81回アカデミー賞で 作品賞 監督賞その他受賞している。
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ウオーキングを兼ねて家から新市街まで歩くことにした。
映画はあのダニエル・クレイグ主演の『ディファイアンス』 彼が目的といえばいえる。
はからずも、前回観た映画『ワルキューレ』とはナチスがらみである。
戦時下のドイツのヒトラーの悪行ばかりではなく、ユダヤ人がユダヤ人を救出したということは、私にとっては目新しいことである。
余り知られていない、もう一つのシンドラー。
第二次世界大戦さ中の1941年。
ナチス・ドイツのユダヤ人狩り。
ポーランドの小さな田舎町で両親を殺されたユダヤ人の、トゥヴィア、ズシュ、アザエルのビエルスキ3兄弟は、ポーランドに隣接するベラルーシの森に身を隠す。
報復に武器をとって戦う。
森には、ドイツ軍の迫害から逃げてきたユダヤ人がすでに居り、次々と助けを求めて集まって来て数百人に膨れ上がった。トゥヴィアはゲットーからドイツ人を救い出すこともした。
森の中では食料も乏しい。極寒の中では皆無だ。
極限状態の日々は精神、肉体を蝕む。トゥヴィアはリーダーになってまとめて行く。
春になりドイツ軍攻撃の情報で、ユダヤ人の一群は森を出て決死の湿地帯行軍をするが、ドイツ戦車の砲撃にあう。 パルチザンと行動を共にしていたズシュの加勢で難を逃れる。

森に戻ったユダヤ人は社会を形成、教会は勿論のこと病
院、学校まであった。
終戦の時、ここに生き残ったユダヤ人は1,200人であった。
上から 長男トゥヴィア
次男ズシュ 三男アザエル 実在の人物です。
パルチザンってなんだっけ。
何時か耳にしたことのあるWORDであるが・Wikipedia・によると
パルチザンはソ連政府によって調整・指揮され、赤軍を模範として作られた。
パルチザンによって遂行されたゲリラ戦の第一目標はドイツ国防軍の後方、特に道路や線路など輸送機関の粉砕であった。
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2008年 アメリカ
この映画は1944年7月20日に起きたドイツ軍内部の反ヒトラー派によるクーデターを描いた。
ヒトラー以外のドイツ人もいるのだと世界に示そうとした。 ヒトラー政権は一枚岩と思っていたのでちょっと意外だった。正義、道徳、プライドある軍人もいたのだ。
そのクーデター作戦はワルキューレという。
ワルキューレ とはもともと、ドイツ国内での有事の際に反乱勢力を鎮圧するための既にある作戦のこと。
これを改ざんして利用しようとした。
作戦の立案から暗殺実行役はシュタウフェンベルク大佐(トム・クルーズ)。
彼ははアフリカ戦線のチュニジアで1943年4月,左目、右腕、左手の指2本を失った。反ナチスの将校グループに誘われて作戦に加わる。
ナチス・ドイツの総統本部「狼の巣」での作戦会議に
爆弾をしかけヒトラー暗殺を計画、その場から脱出するまでの許された時間は10分。爆破は一応成功する。ヒトラーの死亡を確信してベルリンに戻り、煮えきらない上層部にかわり、一時的にベルリンを掌握するが、ヒトラー生存の報が流れ、作戦は失敗に終わる。
通信の手段が電報や電話でしかなく観ていて非常にまどろかしい。通信網を掌握しきれていなかった。
この用意周到な暗殺が成功しなかったことは誰でも知っていること。
それでも一気呵成に展開するクーデター劇は成功するかに思ってしまう。
この作戦が失敗した要因として
ムッソリーニの来訪で会議の時間が繰り上がり、2つ用意していた爆弾が1つだけになってしまったこと。
地下室で行われるはずだった作戦会議が、当日の暑さの為地上の会議室に変更されたことで爆破力が低い。
ヒトラーの足元に置いておいたカバンが移動されてしまったこと。ために爆発はしたがヒトラーは軽症で済んだ。
ヒトラー暗殺計画は個人的なもの、組織的なものあわせ43回あったという。これは政権掌握をもねらう大掛かりなものだった。
それらを全て潜り抜けてきたヒトラーという特異な人物、ある意味では凄い。
このクーデター以後反ヒトラー活動は根絶した。
そして、そのわずか9ヵ月後1945年4月、ヒトラーは自殺した。
第二次大戦のナチスドイツ、ヒトラーなどに関する数々の映画やドラマを見て来たが、反ナチス、反ヒトラー側からのものは、私にははじめてといえる。
「ワルキューレ」について
(Wikipediaによる)
大戦勃発後、ドイツ軍は占領地から数百万人の捕虜や奴隷的労働者をドイツ国内へ連れて来た。
彼らが叛乱を起こした際の対策を取る必要が有ると国防軍情報部長がヒトラーに進言。
ヒトラーはそれに同意し、国内予備軍司令官フロム上級大将に対策案を作るよう命令した。フロム司令官は部下の国内予備軍司令部参謀長オルブリヒト少将(当時)にそれを一任し、オルブリヒトは1942年10月、反乱鎮圧計画とその隠語名「ワルキューレ」を立案した。
国内で叛乱が起こった際、国防軍・武装親衛隊を含め、全ての武装集団を予備軍の指揮下に置く。
戒厳令を布告して政府の全官庁、党機関、交通・通信手段、放送局、軍法会議の設置まで全てを掌握する、という計画であった。
発動権限は予備軍参謀長にあり、その参謀長オルブリヒト少将ら陰謀派は、ヒトラー暗殺後に「ヴァルキューレ」を発動し、それをクーデターに利用して国内を一気に掌握する計画を立てた。
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クリント・イーストウッド監督作品。
ノンフィクション。
アメリカらしいアメリカ映画だった。
反骨精神あふれるイーストウッドが観ている間中見え隠れする。
事実を一つ々々積み上げていき、解りやすいストーリーだった。
この映画に4つのキーワードをつけてみた。
「正義」 「勇気」 「母性愛」 「希望」
題名のチェンジ・リングとは取りかえ子の意味。
人間の子を欲しがる妖精は、子供をさらったあとに人形や別の醜い子を残していくという。
シングル・マザークリスティン・コリンズの身に起きた禍とは・・・・
ウォルター・コリンズ(当時9歳)は1928年3月10日ロサンゼルスの自宅から行方不明になっており全米の注目を集めていた。
ロサンゼルス市警察は5ヵ月後にイリノイ州で「発見」し、ウォルターの母親クリスティン・コリンズに引き渡した。
しかし成長期にある少年にもかかわらず身長が低くなっているなど明らかにウォルターではなかった。が主張は聞き入れられない。その子をひきとったものの本当のわが子を捜すよう訴え続ける。
別人であると主張するクリスティンは歯の治療記録を根拠にする。
警察の腐敗を追及している牧師の協力も得られる。
しかしロサンゼルス市警察は取り合わないだけでなく、クリスティンを「警察が認定した事実を認めない異常者」として精神病院に強制隔離させた。
権力を持つ警察と病院が連携し圧力をかける。
少年連続殺人犯、ノースコット(ゴードン・ノースコット事件)の自白によりウォルターが殺害されていたことが明らかになり、クリスティンは退院した。
警察が初めからまともに捜査していればウォルターを救出できたかもしれないし、そもそも警察が連れてきた少年は何者か?ということが問題になった。
この異常な展開により、警察の逆鱗に触れたものは精神病院送りにするという当時のロサンゼルス市警察の腐敗体質が暴露された。(数々の映画でもおなじみである)
なお、ウォルターとされた少年が後に語った偽った理由は、継母と折り合いが悪く遠くに行きたかったためというものであった。
ウォルター捜索の担当であったロサンゼルス市警察のジョーンズは明らかに違う事に気づくはずなのに、自身の功名心のためにアーサー少年の幼稚な芝居に加担したばかりか、真相究明を求めるクリスティンを精神病扱いにした。
彼女はジョーンズに対して民事訴訟を起こし勝訴したが、牧場から発見された骨片のどれがウォルターのものかが判らなかったことから、死ぬまで彼の生存を信じていた。
このクリスティンの身に起きた一連の出来事が映画のモチーフとなっており、クリスティン役をアンジェリーナ・ジョリーが強い母親を演じている。
ゴードン・ノースコット事件の概要 wikipediaによる
1926年、カリフォルニア州リヴァーサイド郡で養鶏場を営むゴードン・スチュアート・ノースコットは、カナダから当時14歳の甥のサンフォード・クラークを引き取っていた。
1928年2月にラ・プエンテの溝の中で、身元不明のメキシコ人少年の首のない死体が発見された。
さらに近所の2人の兄弟がノースコットと一緒にいるところを目撃されたのを最後に行方不明になっていた。
9月にロサンゼルス市警察はノースコットの養鶏場を捜査のために捜索したが、そこでメキシコ人少年の頭部を発見した。警察はクラークを追及したところ、ノースコットが2人の少年を性的虐待したうえで撲殺したことを自白した。
またノースコットが母親のサラ・ルイーズ・ノースコットの助けを借りて何人もの少年を誘拐しては、養鶏場に監禁しては猥褻行為をした挙句に殺害し、周辺に遺体を埋めていたことも判明した。
警察が捜索したところ骨片しか発見できなかったが、これはクラークの証言では証拠隠滅のために生石灰で処分したためであるというものであった。
なお、ノースコット(当時21歳)は警察が養鶏場を捜索する前にカナダに逃亡していたが、ブリィッブシュコロンビア州ヴァーノンで拘束され、カリフォルニアに送還され3人の殺害容疑で起訴された。
ノースコットは、連続少年誘拐殺人犯であった。
彼は少年を誘拐してきて養鶏場に監禁し、自己の歪んだ性的欲求の捌け口にしただけでなく、時には金銭目当てに身元不明の同様な性的指向を持つ顧客に「貸し出して」いたというものであった。
彼ら被害者の少年は飽きて必要がなくなれば撲殺して生石灰で肉を溶かし骨を養鶏場周辺の砂漠に遺棄していた。この作業を手伝わされていたクラークが証言した遺棄現場では大量の人骨が発見された。
なお、クラークは事件の重大な証言をしたことから、司法取引の見返りとして刑事裁判では起訴されなかった。しかし氏名の変更命令を出され少年院送致となり、その後カナダに強制送還された。
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世界一美しい男、BRAD PITT(異論はあるでしょうが・・・)と今旬の女優CATE BLANCHETTとくれば見るっきゃない! ブラピは大分前に『トロイ』でのアキレスを見て美しいとおもった。
実はこういうSFっぽい話はあまり得手ではない。ただ老いということに何かのヒントがこめられているのかも知れないと思ったのだが。
「私はとても不思議な人生をおくった。だれもが老いていくのに私は若返って行くのだ」ではじまる。
1918年、ニューオーリンズ。
黒人女性クイニーは、置き去りにされた赤ん坊を拾う。
ベンジャミンと名づけられたその男の子は、すぐにクイニーが営む施設の老人たちの中に溶け込んだ。
彼は、80歳で生まれてきたからだ。
母親となったクイニーの惜しみない愛情に包まれて、ベンジャミンは成長していった。
車椅子から立ち上がって歩き出し、しわが減り、髪が増え、ベンジャミンは日に日に若返っていった。
1930年の感謝祭の日、ベンジャミンは、将来自分の人生を変えることになる少女と出会う。
施設の入居者を訪ねてきた孫娘、6歳のデイジー。
実年齢は12歳でも老人のベンジャミンとディジーはすぐに心を通わせ、ベンジャミンは自分の秘密を打ち明ける。
17歳になったベンジャミンはクィニーの元を離れ船のりになる。
時は過ぎ、1962年。ベンジャミンはロシアのスパイ夫人との愛と別れ、ディジーはダンス仲間との数々の恋、それぞれが喜びも悲しみも、孤独も知った人生のちょうど真ん中で、近い年齢(44と,38才)になった2人は出会い結ばれる。
子供にも恵まれ、愛に満ちた幸せな日々の中で、
やがてまた、「時」に引き裂かれることを、ふたりは恐れ始める。。
日に日に若返るベンジャミンは子供の父親になれないことを悲しむ。自分をを捨てた父の全財産をディジーと子供に残し失踪する。
時が流れ,ディジーは夫と死別、子供に返り、分裂病を病むベンジャミンをひきとり一緒に暮らすようになる。
彼はどんどん幼くなり、彼女は老いていく。よちよち歩きのベンジャミンの手を取り歩むよぼよぼのディジーが痛々しい。
ついに彼女の手の中でベンジャミンは天国へ召される。
いま、人生の終わりの時(86才)にあって、ディジーは自分に宛てたベンジャミンの残した膨大な日記や手紙を娘に読ませる。娘は父を知り、父が如何に母をを愛していたかを知る。
ベンジャミンの人生は悲しい。
ありえない話なのだが、すっかりストーリーにはまり込んでしまっている自分がいた。
さて、老いというものに対するヒントとはいえば、何時までも若くいればいるほど別れの悲しみの数も多くなるということかな。
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「チェ 28歳の革命」に次ぐPART 2。
1965年、37歳になった彼は突如失踪した。
アルゼンチン人のゲバラは、キューバにおける自分の役目は終わったと判断し、国家の要人という地位を投げ捨て、再び過酷なゲリラ生活に帰っていった。貧困と搾取に苦しむ新たな国、ボリビアへ..
髪の薄い男に変装しラモンと名前を変え入国、一人のゲリラとして、再び過酷な生活に帰っていった。
ゲリラ兵を訓練し、農民に敬意を払って信頼を得、彼らを味方に引き入れようとするキューバでのやり方を変えない。
だがキューバでは成功したことがボリビアではことごとく失敗する。
ボリビア共産党の支援も打ち切られ、キューバの二の舞は踏むまいとするボリビア政府とアメリカCIAの攻撃も激化する。
ゲバラは信念を変えず、作戦変更も撤退もせず、少なくなった兵を抱え込んで最後まで戦い抜こうとする。過酷なゲリラ戦の情況を丹念に描いていくが前作と異なって悲壮感が漂う。
そして運命の1967年10月8日、ボリビア山中でCIAのゲバラ追跡部隊に指揮されたボリビア軍に捕らえられ、その翌日、射殺された。
捕虜として収容所へ送られるのではなく処刑された。
このあたりが非常に不可解でならない。
何故?これって私刑じゃないの。問題はないの?
このことはボリビア政府に汚点を残したのでは?
ボリビアの人々に禍根はないの?
このことについても調べてみなくっちゃ。
最期の言葉は上官の命令でゲバラに銃口を向け、ためらう兵士に叫んだ「ここにいるのは英雄ではない。ただの一人の男だ。撃て!臆病者め!」。
ゲバラの遺体はすぐにヘリコプターで近くの町バージェグランデまで移送されてさらし者になった。
ゲバラはキューバを去る時、カストロに別れの手紙を送っていた。
『フィデル、僕は今この瞬間多くのことを思い出している。
君と初めて会った時のことを、それからあの緊張のすべてを。
僕は君に、同志に、そして、君の国民達に別れを告げる。
僕は新しい戦場に、君が教えてくれた信念、人々の革命精神を携えてゆこう。
帝国主義があるところならどこでも戦うためにだ。
永遠の勝利まで。
革命か、死か』
kajipon氏の チェ・ゲバラの生涯
ボリビアという国
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『007 カジノ・ロワイヤル』に続くダニエル・クレイグ版007の第2弾
007映画の 22作目。6代目ボンド。
21作目の カジノ・ロワイヤルのダニエル・クレイグを観てすっかり気に入ってしまった。
青い目がきれいで、鍛錬されたボデイ。かっこいいのひとことです。
今回も充分楽しませてくれました。
なんといってもBODY ACTIONがすごい。
息をつかせないアクションにふう~とため息の連続。
以前のボンド映画は余り見ていないがショーン・コネリーやロジャー・ムーア、ティモシー・ダルトンなどは記憶にある。
派手な改造スポーツ車や改造ガンなどの武器のオンパレードで度肝を抜かれた。
ダニエル・クレイグのボンドは銃と強靭な肉体で戦う。
あらすじは
ジェームズ・ボンドの、恋人ヴェスパーが自分を裏切り、自らの命を絶った。彼女は闇の組織に利用され、操られていた。
ボンドと彼の上司Mは真相を暴くため、ヴェスパーを操っていたミスター・ホワイトを尋問する。
彼の背後には、巨大で危険な組織が存在していた。
だが、あやまってミスター・ホワイトを殺してしまうが裏切り者の残した手がかりからある一人の男ドミニク・グリーンの存在にたどり着く。
捜査のためにハイチに飛んだボンドは、奇しくも知り合ったカミーユを通じて、組織の幹部ドミニク・グリーンに接近する。カミーユもある目的のために接近していた。
グリーンの表の顔は、慈善団体グリーン・プラネットのCEO。環境保護のために土地を買収する公益事業。
裏の顔は、ボリビアの現政権を転覆させ、組織の息のかかった亡命中の政権奪取を目論むメドラーノ将軍に新政権を握らせ、その国の天然資源を完全支配しようとしている。
天然資源の採掘利権を餌にCIAに接近、英国の政府の中枢まで巻き込まれていた。
カミーユも、家族の命を父の政敵であるメドラーノ将軍に奪われた過去があった。
彼女はその日から、復讐のためだけに生きてきた。
2人はそれぞれの報復を期して壮絶な戦いをする。
今回のボンドガールのカミーユ、オルガ・キュリレンコはいままでとはちょっと趣がちがってとてもキュート。
ボンドの一番の理解者、上司M のメリル・デンチの存在感に圧倒される。すごい貫禄。すごい女優だ。 
グリーン役のマチュー・アマルリック もいい味をだしている。
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ゲバラといえばカストロ、カストロといえばキューバ革命 はあまりにも普遍的な私の発想。ということは
それぐらいの認識しきゃないということ。
ゲバラがカストロとともにキューバ革命を成し遂げるまでの事実を描いたノンフィクションであるためストーリーはたんたんと戦いを追っていく。
1955年7月のメキシコ。
持病の喘息を抱えながら、ラテン・アメリカの貧しい人を救いたいと南米を旅するアルゼンチンの医師、エルネスト・ゲバラは、独裁政権に苦しむ故国の革命を決意するフィデル・カストロとフィデルの弟、ラウル・カストロを介して出会う。
わずか82人で海を渡り(1956/11) 2万人に及ぶ政府軍と武力を
もって戦うというカストロの正気を疑う作戦に参加をする。
軍医としてゲリラ軍に加わり平等社会の為に戦い、日々心身を鍛え、厳しい規律を守り、農民たちには礼を尽くした。
裏切り者には容赦ないが負傷兵には敵味方無く救いの手を差し伸べた。
やがて統率力を認められ司令官として部隊を率いる。
キューバ革命の要となる大都市サンタ・クララを陥落し、キューバを分断する作戦を成功させる。
1959年1月2日、民衆の大歓声に迎えられ革命軍はついに首都ハバナへ入城し新政権を樹立させた。首相に就いたカストロは若干31歳、国銀総裁のゲバラは30歳という、若者たちの政府が誕生した。
1964年、アメリカ人ジャーナリストに革命家にとって重要なことはと聞かれ
「バカらしいと思うかもしれないが、真の革命家は偉大なる愛によって導かれる。
人間への愛、正義への愛、真実への愛、
愛の無い真実の革命家を想像することは不可能だ」 と答える。
まるでキリストそのものではないか。
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小雨が
雪になるかと思うほど風の冷たい夕刻
傘をもって市民ホールにで2人で出かける。
ウィーン交響楽団 ヨハン・シュトラウスアンサンブルのコンサート。
プログラムは12名の演奏家の編成で
ヨハン・シュトラウス1世、2世 と
ヨーゼフ・シュトラウス
ロベルト・シュトルツ
フランツ・レハール
などのポルカ、ワルツの饗宴。1度や2度は聴いたことのある曲がづらり。
始めは音のボリュウムが乏しくちょっと寂しい感じがした。この編成にしてはホールが大きすぎるようにも思った。
聴き進むうち、オレーシャ・ゴロヴネヴァの美しいソプラノ加わってその歌声に魅了された。
ワルツもポルカもシンプルで大きな感動はないが気分よく、楽しく聴く事が出来る。
指揮とバイオリンの太っちょおじさん、ヨハネス・ヴィルトナーはユーモアたっぷりの司会でも楽しませてくれた。
締めはやっぱり「美しき青きドナウ」。
きっと皆さんは心の中でハミングしただろう。つい口ずさみそうになった。
アンコールには歌姫のソプラノと、これは外せない、みんなが待っていた 「ラデツキー行進曲」で楽しんだ。
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裁縫は嫌いな方じゃない。
どうやらおばぁちゃんたちのお話 ということで、親近感もある。スイスの村のお話というのも惹かれたかな。スイスで見た、あのきれいな風景が頭をよぎる。
スイスのエメンタール地方の小さなトループ村。この村に住む80歳のおばあちゃん・マルタは、9ヶ月前に最愛の夫を亡くし、すっかり生きる気力をなくしてしまっていた。
そんなマルタを心配する、友人のリージ、フリーダ、ハンニ。
マルタを励まそうとする彼女たちは、マルタが若い頃、縫製が得意だったということを知り、村の合唱団の旗の修繕を依頼する。
戸惑いながらもそれを引き受け、材料を買いに首都ベルンの生地屋さんに出かけたマルタ。仲良し4人で都会でのショッピング。さもありなんと妙に納得。おばぁちゃんたちの可愛さがよくでていた。
彼女は、そこで美しいレース素材を見ているうちに眼が輝きだす。
この気持ちは私にもとても良くわかる。
そして昔の夢を思い出す。
夢とは、パリのシャンゼリゼ通りにランジェリー・ショップを開き、自分でデザインし刺繍した下着を販売することだった。彼女はかなり高度の技術をもったひとなのだ。
昔の夢にふたたびチャレンジすることを決意するマルタ。
夫とともに経営していた雑貨店を改装し、リージと一緒にランジェリー・ショップの開店準備を進める。
だが、保守的な村の人々は、ランジェリー・ショップと聞くやいなや大騒ぎ。いかがわしいお店と決めつけ、マルタを阻止しようと躍起になる。

みんなから反対され、冷遇されても夢をあきらめないマルタとリージ。
そんな二人の姿を見て、フリーダとハンニも新しい一歩を踏み出す決心をする。
フリーダは老人ホームでコンピューター教室に通い始める。
そして下着をネットで売ることを思いつく。
注文を受信したフリーダの喜びようはとても可愛い。
地方の伝統の花の刺繍をほどこした下着は注文が殺到する。
一方、ハンニは息子に、病院への送迎は出来ないから施設へ入れるといわれている夫のために車の免許を取る。
3人はそれぞれの生きがいを見つけ出す。
リージはといえば、アメリカ人の私生児を生んだが、アメリカへ渡る夢を死ぬまであきらめていなかった。
たとえ何歳になっても、変化を恐れずに夢をあきらめない姿勢をと教えてくれる。
3人のおばぁちゃんはみんな頑固だが可愛い。
これから、わたしにも訪れる80歳という年齢。
はたしてこのように前向きにいられるだろうか。
楽しく、明るい気持ちにさせてくれる映画だった。
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県立劇場コンサートホールにて
弦楽四重奏は
ラジオやテレビでは何度か聞いたり見たりしていても生を聴くのは初めてだった。
まづ第一バイオリンの音色に魅了された。あたたかくて麗しい。その第一バイオリンに第2バイオリンとビオラが響きあって、力強いチェロが支えている。
たった4個の弦楽器がオーケストラのよう。
ハイドン 弦楽四重奏曲 「皇帝」 から 4曲
モーツアルト 弦楽四重奏曲 「プロシア王第3番」 から 4曲
心地よい。
おだやかな気持ちになってゆったりと椅子にかけて聴いていた。
フルオーケストラの迫力もいいがこんなやすらぎもいい。
休憩をはさんで
ベートーベン 弦楽四重奏曲 第8番 「ラズモフスキー第2番」
になると重厚で起伏の多いいかにもベートーベンらしい曲が熱演された。
まだ耳に残っているバイオリンの音を反芻しながら家路についた。
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以前、アニメ映画で見た。
(1988スタジオジブリによる)
とても憐れで悲しかった。
涙なしでは見られなかった。
2005年にはテレビドラマになった。
今回の3度目の実写映画化はあらすじが判っていたからか前のようには涙は出なかった。
アニメ映画の印象が強すぎた感がある。
日向寺監督は戦争体験のない世代の自分がはたして・・・・という思いが浮かんだという。
佐藤忠男氏は戦争体験のある人々が亡くなっていって、これから戦争をどう語り継いでいったらいいでしょうと聞かれるとき
「確かに私は戦争を経験した。しかし戦争全体を経験したのではなく、そのほんの一端にすぎない。
あの戦争の全体像らしいものを把握したのは戦後に得た多くの知識によってである。
いまごろやっと得られるような情報もある。
戦争体験者よりも体験は持たない世代の方がむしろ戦争の実態を広く深く体系的に知っているといえる」という言にはなるほどそういうものかと思った。
原作の「火垂るの墓」はすでに戦争体験から生まれた文学作品の古典となっている。
後々まで語り継がれ、そのたびに解釈されなおして意味を深めてゆくべきものともいっている。
実際アニメやテレビ映画にはなかった清太が「どじょうすくい」を踊るところが加わっている。
また清太(吉武怜朗・よしたけれお)に援助の手を差し伸べようとする校長先生、病気のために徴兵検査を不合格になり怠惰な暮らしを続ける学生、町内の防火訓練を指揮する町内会長の3人が新しく加わった。
原作は記録のようではあるが、小説である。
中学3年の野坂昭如は戦争でなにもかも失い、1歳4ヶ月の妹を連れて逃げた。
この妹に語らせるために4歳ぐらいの言葉が話せる幼女にしたてた。
節子(畠山彩奈・はたけやまりな)は抱いていたイメージぴったりだった。愛らしくてそれゆえ憐れが一層募る。
江東区の八名川小学校の生徒の感想いくつか・・・・
3年生・ 写真が燃えただけで校長先生が死 んでしまったので悲しかったです。
4年生・ この映画を見て戦争は爆弾とかばかりじゃなくて、食べるものも住むところもなくてそれで死んでしまう人が沢山居るのだということを 知りました。
私はもう戦争が終わったこの東京に生まれてきて本当に良かったと思いました。
5年生・ 人が苦しむ姿を見ても、戦争を止めようと思う人が居なかったことを不思議に思う。
6年生・ 人を殺して何が面白いのかと思う。
昔の人は命を大事にしないんだなと思った。
・ これが実際にあったなんて思いたくないです。戦争はむごい。
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これは、事実か、真実か、現実か
このようなコピーでドキュメンタリーのようなものを勝手にイメージしていたが、そこは見せる映画であり、ストーリーがあり、一気に没入した。
幼児の人身売買、売春というショッキングな真実を描いたノンフィクション映画。
単身赴任のタイ駐在の日本人新聞記者(江口)は臓器移植に関するあることを耳にし、身の危険を感じながら、金を使い追っかけることになる。
社会の闇、
私が 「もしかしたら」
「あるかもしれない」
「あるらしい」
と思っていた見たことのない現実は ある といっている。
この現実は一方では彼らを“買う”客がいるのであり、その多くがタイを旅行する外国人だという。日本人も少なくない。
そして 問われているのは倫理。
かかわる者全てに。
この日本の新聞社は真実をさらけ出すことしかできないという。
私たちは何も出来ないにしてもまず、真実を知らなければならない。
眼をそむけてはいけないのじゃないか。
昨年夏、バンコクへ行き、渋滞する高速道のバスの窓から、下に連なるスラム街を眼にし、いまだこんな世界があることに驚いたし、たった3,400メートルの街路を歩くと3人の浮浪者を見た驚きもあり、眉をひそめる思いがした。タイという国の発展途上らしいバイタリティーも強く感じたが、暗い闇の部分をも持っていたことを知り、
物見遊山の日々が暢気なことだったと思う。 
知らないしあわせより、知っておくほうをとる。
それにしてもタイという国名を出して、映画にしたことはすごいことだと思う。
記者は張り込みの末、日本から来た子供が移植を受ける病院の裏口から、手をひかれて入る女の子を見つけてカメラに撮らせる(妻夫木)
事実を眼にした彼は慟哭する。
そして自ら命を絶つ。
死んでからわかった事実、彼もまた幼児性愛者の過去を持っていた。
社会の闇 と
人間の闇。
今回 桑田圭祐作詞作曲の主題歌 「現代東京奇譚」 は 歌ってるのを知らなかったが、映画で思いがけず耳にしてラッキーだった。
江口洋介 いったい何ができるのだろう。役者として参加する。
自分に出来ることはそれでした。
宮崎あおい わたしにできることがあるだろうか?
と考えている時にこの映画のお話をいただき、
少しでもその現状を伝えられる のなら、ぜひ参加したいと思いました。
妻夫木聡 目の前の現実から逃げていいのか、
自分にも何かできるのではないかと考えました。
簗 石日(原作) 映画化は難しいと思っていた。
しかし、阪本順治監督は果敢に挑戦し困難な状況を乗り越えて実現した のである。その勇気と問題意識の高さに敬意を表したい。
帰るみちみちふと思った。黒○徹子さんや、アグ○○・チャンさんはこの問題をどの程度まで知っているんでしょうか。ちょっと知りたい気がします。
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この映画は三浦で撮影されたということと、樹木希林の出演というので楽しみにしていた。
樹木希林は「東京タワー」以来。
この映画は何か事件が起こるわけでも、ドラマティックな展開になるわけでもない。
初老の両親の古い家(今はやっていない開業医院)に、次男と娘がそれぞれの家族を連れて里帰りする。
長男の15回忌である。
その夏の一日を描いただけなのに、セリフの隙間からこの家族が抱えてきた葛藤や感情のもつれが浮かび上がってくる。
目で見えているのは今日一日をのべたものだが、その出来事の積み重ねが示すのは、目に見えない存在、15年前に海で溺れた少年を助けて死んだ長男なのだ。
跡取りを失った開業医の父親の失意、長男が命と引き換えてまで助けた若い男はさえないフリーターで憤懣やるかたない。
そして、息子の死の痛手が辛辣な言動になって出てしまう母親。
毒のある言葉をにこやかに口にする。
こういう役柄が希林さんがとってもうまい。
そして
母親は次男には、お前の嫁は亭主がまだ亡くなってから3年も経たないのに・・・。
別れ易いように子供は作らないほうがいいなどという。
その嫁には「子供は作らないほうが良い」とくぎをさす。
海で助けた青年が仏壇に手を合わせると、また来年も待っているからと念を押す。
「10年やそこらで死んだことを忘れられてたまるか」と。
家族の肖像のなかで俄然母親が浮かび上がっている。
ほとんどこの母親の人生が描かれているといってもいいほど。
「ブルー・ライト・ヨコハマ」のレコードを蓄音機で、こっそり一人で聴いているというのも昔を引きずっているのかしら。 (どうも父親の浮気と関係あるらしいが) ちょっと切ない。
過去を反芻しているようにみえる。
父親が転んで手すりをつけたお風呂、そのタイルが剥げ落ちたが、又落ちるからと直していない。
杖の助けを借りなければならなくなった父親の、診察室にこもり、いまだにプライドだけは高い原田芳雄の父親もよかった。
老いてゆく両親の姿は身につまされる。
さて、お目当ての三浦の風景、どこか知ってる場所がでてくるかなと楽しみに観ていた。
冒頭のシーンで、駅について一休みするカフェが三浦海岸駅の向かいにある。
京急バスが止まっている。ちらっと三浦海岸駅の名が見える。
高台の霊園見下ろす海は三浦ではなく平塚の袖ガ浦海岸という。
霊園は久里浜霊園とか。
見送りに下りてきた自宅近くのバス停の電柱は長沢4丁目の標識があった。
そしてバス停から登ってくる途中の階段は長柄のイトーピア住宅地の大イチョウ公園から下の道路に通じる階段らしい。
ポスターにあるように、緑のなかの雰囲気のある階段。
右の写真はそのイトーピアにいたる階段。
日頃、楽しみに見ている
葉山のミニコミWEBサイト「葉山で暮らす人と遠くで葉山を想う人のための地域情報」 で
あの場所はどこだろう、あそこはここでしょうと話題になっているのが面白くて、つい付き合ってしまって。
是枝監督はよくあの場所を見つけたよねなどと言い合っている。
映画ではこの階段を下りてくると道路の向こうに海が広がっている。相模の海。
道路をまたいだ歩道橋は茅ヶ崎。
映画の背景も監督のイメージを作り上げる為に、あちらやこちらの景色を繋ぎ合わせているんだね。
あたりまえか・・・・。
後日記入(10/2)
スペインの第56回サンセバスチャン映画祭で最優秀賞を得たそうです。
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色彩の詩人 ですか。
さすがに色がすばらしく美しい。
しあわせな気持ちにさせてくれる色。
シャガールにかぎらず画の前に立つと、生意気にも
額のなかに描かれている構図を大きくしてみたり、小さくしてみたりする。
すると描かれている形はやっぱりこれ以上大きくしても、小さくしてもいけない。かたちも角度も微塵もかえられない。
ちゃんとこの画の中に、絶妙に納まっている。
一分のすきもなく。
色にしてもそう。
これ以外の色は無いとおもう。
赤ならやっぱりこの赤。
他のいろが少しでも加わったら駄目。
青ならこの青しかない。
この画にぴたりの色、々。
う~ん とうなってしまう。 素晴らしいなぁ・・・・・。
難しいことはわからない。
見ていて楽しくなればよいと思っている。
シャガールブルー というと。
勿論今回の展示には無いが、ステンドグラスにも素晴らしいものがある。
ステンドグラスも創っているとは知らなかった。
この神秘的な青いガラスはどう!!
その青に副えられた適量の色はどう!!
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受胎告知から誕生、ヘロデをのがれてエジプト向かうまで。
この映画はどのように描かれるかとても楽しみだった。
教科書をなぞるような気持ちで見た。
映画はどのようにも描くことが出来るが、この映画はヘロデ王の赤ん坊皆殺しシーンも重要なポイントではあるが残虐さは極力抑えてあったと思う。
おだやかに見る事ができた。
ウフィッツイ美術館で見たダビンチ
の受胎告知
ダビンチはこのように描いたが野良仕事をするマリアにガブリエルが現れて
告げる。
マリアのとまどいとおそれと。
高齢の従妹、エリザベツにも、お告げがあり身ごもっていた。その子は洗礼者ヨハネ。
やっとたどり着いたベツレヘムで降誕。
ヘロデを逃れエジプトへ旅立つヨセフとイエスを抱いたマリアと。
長い、永い物語のはじまり。
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毎年8月第一土曜日に催される 出水神社 薪能。
すでに49回を数えるとか。
昨年は初めてのことで夕食前にでかけたものだから、家のことが気になりハイライトの能を見られなかった。
その前の番組を全部見て、お能を見なかったのだ。
去年はこちら
今年は夕食をすませて水前寺成趣園に向かう。
家から園の門までより、門から能楽殿までのほうが距離が長いほどだが、鯉が泳ぐ湧水の池や 築山や、木々にまだ夕日があたって美しい景色を見ながら急ぐ。
すでに広場は一面に人。
といっても、その広場は混雑するでもなく、同好のひとびとが大きなひとかたまりに集まっている。
そのあらすじは
旧暦9月の、紅葉が美しいとある山中にて。
高貴な風情をした女が、侍女を連れて、山の紅葉を愛でようと幕を打ち廻らして、宴を催していました。
その酒席に、鹿狩りの途中であった平維茂(たいらのこれもち)の一行が通りかかります。
維茂は、道を避けようとしますが、気づいた女 たちに「是非ご一緒に」と誘われるまま、宴に加わります。
高貴な風情の女はこの世の者とは思えぬ美しさ。
酒を勧められ、つい気を許した維茂は酔いつぶれ、眠ってしまいます。
それを見届けた女たちは、いずこにか姿を消してしまいます。
ちょうどそのころ、八幡大菩薩の眷属(けんぞく)、武内の神が先の山(実は信濃国戸隠山)への道を急いでいました。
維茂を篭絡(ろうらく)した女は、戸隠山の鬼神だったのです。
武内の神は、維茂の夢に現れてそのことを告げ、八幡大菩薩からの下された神剣を維茂に授けました。
さて、夢から覚めた維茂の目の前には、鬼女が姿を現し、襲いかかってきます。
維茂は勇敢に立ち向かい、激しい戦いの末に、みごとに神剣で鬼女を退治しました。
この出水神社薪能と関係は無いが、7月16日19:00~県立劇場で「細川コレクション永青文庫展示室」会館記念 能楽講座 第一弾
林 望 講演会 「能を面白く見る方法」 があり聴きに行った。
能舞台の造作やその意味など、たとえば向かって左にのびている花道(?)は橋をあらわしていて、その橋の上で諸事が起きる。
牛若丸が人をおそったりしたのも橋のうえ、などと面白い話もあった。
リンボウ先生は 「肥後細川藩のお膝元で能楽堂がないのは残念・・・・」と言われるのに
すかさず聴衆のなかから女性の声が上がった。
リンボウ先生 「じゅう、じゅう承知しております。能舞台と能楽堂は違います。」ときっぱり。
どうやらこのご婦人は「無い」といわれることに反応したようだった。
「能楽堂は天候に左右されず、鼓、笛、声はよく響き演者にとっても演じ甲斐があり、観る物にとっても臨場感あふれて気持ちよく楽しめるところです。
舞台の床の下には大きな甕が四方に向けて埋められており、足を打った音もよく共鳴するようにしてあります」と。
みなさんで能楽堂が出来るよう是非尽力してください。そして能を楽しんでください。
能は歌舞伎などよりうんと古い歴史があるが、決して古くなく、今の時代にも充分即した楽しめる内容が詰まっています。ということだった。
ほんに、美女と美酒に気を許すとあぶないよとは今の時代にもいえることかも。
ユーモアがあるし。
初めてのときより、いくらかの親しみをもって観ることが出来た。
ちょっとしたきっかけで世界は広がるんだ。
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『苦海浄土』を読んでみようとおもったのは、去る7月9日、近代文学館で,池澤夏樹氏の「世界文学ってなんだ」という講演があり、氏はいま、個人で世界文学全集を編んでおられる。
そのなかに日本の文学者では2名いれてもいいだろう。漱石ともう一人(思い出せない) があり、他に挙げるとすれば、石牟礼道子であるといわれたからである。
初めて呼んでみて、これでもかとたたみ込んで来るような表現に圧倒された。
短いフレーズのなかに、行間を読むというような文章とはうって変わっている。
決して饒舌ではなく、リズム感さえ感じて快いぐらいである。
以下は、気になった箇所の抜書き。
全部を網羅してはいないのが、心残りではあるが。
・・・あの、古代中国の呂太后の、戚夫人につくした所業の経緯を、私は思い出した。
手足を斬り落とし、眼球をくりぬき、耳をそぎとり、オシになる薬を飲ませ、人間豚と名付けて便壷にとじこめ、ついに息の根をとめられた、という戚夫人の姿を。
水俣病の死者たちの大部分が、紀元前3世紀末の漢の、まるで戚夫人が受けたとおなじ経緯をたどって、いわれなき非業の死を遂げ、生きのこっているではないか。
呂太后をも一つの人格として人間の歴史が記録しているならば、僻村といえども、われわれの風土や、そこに生きる生命の根源に対して加えられた、そしてなお加えられつつある近代産業の所業はどのような人格としてとらえられねばならないか。
独占資本のあくなき搾取のひとつの形態と言えば、こと足りてしまうか知れぬが、
私の故郷にいまだに立ち迷っている死霊や生霊の言葉を階級の原語と心得ている私は、私のアニミズムとプレアニミズムを調合して、近代への呪術師とならねばならぬ。
・・・・水俣病のなんの、そげん見苦しか病気に、なんで俺がかかるか。
彼はいつもそういっていたのだった。
彼にとって水俣病などというものはありうべからざることであり、
実際それはそれはありうべからざることであり、見苦しいと言う彼の言葉は、水俣病事件への、この事件を創り出し、隠蔽し、無視し、忘れ去らせようとし、忘れつつある側が負わねばならぬ道義を、そちらの側が棄て去ってかえりみない道義を、そのことによって死につつある無名の人間が、背負って放ったひとことであった。
水俣とはいかなる所か。
九州、熊本県最南端。不知火海をへだてて天草、島原をのぞみ、明治世代にいわせれば、東京、博多、熊本などと下ってくる中央文化のお下がりよりも、直結的に島原長崎を通じ支那大陸南方文化の影響を受けた土地柄である、という。
おとなのいのち十万円
こどものいのち三万円
死者のいのちは三十万
と、わたくしはそれから念仏にかえてとなえつづける。
そのときまでわたくしは水俣川の下流のほとりに住みついているただの貧しい一主婦であり、安南、ジャワや唐、天竺をおもう詩をてんにむけてつぶやいている蟹たちを相手に不知火海の干潟を眺め暮らしていれば、いささか気が重いがこの国の女性年齢に従い七、八十年の生涯をおわることができるであろうと考えていた。
この日はことにわたくしは自分が人間であることの嫌悪感に、耐え難かった。
釜鶴松のかなしげな山羊のような、魚のような瞳と流木じみた姿態と、決して往生できない魂魄(こんぱく)はこの日から全部わたくしの中に移り住んだ。
三十四年五月下旬・・・・ 窓の外には見渡す限り幾重にもくるめいて、かげろうが立っていた。
濃い精気を吐き放っている新緑の山々や、やわらかくくねって流れる水俣川や、蹟(かわら)や、熟れるまぎわの麦畑やまだ頭頂に花をつけている青いそら豆畑や、そんな景色を見渡せるここの二階の病棟の窓という窓からいっせいにかげろうがもえたち、五月の水俣は芳香の中の季節だった。
43年9月、水俣病をまとめた厚生省は
「原因はメチル水銀化合物で新日本窒素水俣工場のアセトアルデヒド酢酸設備内で生成されたメチル水銀化合物が排水に含まれ、水俣湾内の魚介類を汚染した」
とし、はじめて企業責任をうち出した。
患者発生以来じつに十五年ぶりであり・・・・
チッソ江頭社長は水俣に異常事態が生じており・・・・と撤退をほのめかした。
チッソは市民感情の極点を探っていたに違いない。
三十四年十一月工場排水停止は、操業停止だとした従業員大会の夜を境とし、一夜にして反漁民となった市民感情を、覚えていたのだ。
極限状態を超えて光芒を放つ人間の美しさと、人間の倫理とは異なる企業の論理に寄生する者との、あざやかな対比をわたしたちはみることができるのである。
おのれの大量殺人には口を拭い、漁民を暴徒に仕立て上げ、産業誘致に血道を揚げては逃げられてばかりいる『農業後退県保守熊本』の世論を、そのようにして苦もなくくぐりぬけ、「見舞金契約書」に調印させたあの時期を、
してやったりとこたえられない想いをしたであろうあの時期を、覚えていたにちがいないのだ。
アニミズム(英:animism)は生物、無機物を問わないすべてのもの
のなかに霊魂、もしくは霊が宿っているという考え方。
wikipediaによる 水俣病
はじめて学ぶ水俣病 は こちら
水俣病問題についてのホームページ (熊本県) は こちら
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シネパラダイスで6月初めに上映されたらしいがうっかりしていたので、DVD(DMM.com)で見た。
主要キャストのジュディ・デンチとケイト・ブランシェットが、そろって米アカデミー賞の主演女優賞&助演女優賞にノミネートされた話題作。
バーバラ(ジュディ デンチ)
シーバ(ケイト・ブランシェット)
二人はともにエリザベス女王を演じたというが
わたしはケイトのエリザベスしか見ていない。
ベテラン教師バーバラが、教え子と性的な関係を持ち逮捕された親友で同僚の美術教師シーバの事件に関する全容を書き綴った物語。
2003年イギリスで刊行された同名の小説がある。
アメリカで起きたメアリー・ケイ・ルトーノーの事件がモデルになっているが、映画はこのスキャンダルというより、バーバラの同性愛的友情のあり方に焦点をあてている。
バーバラは厳格で辛辣な性格から教え子だけでなく同僚からも疎まれ、孤立していた。
そんなある日、若く美しい美術教師シーバが赴任してくる。
「彼女こそ、私が待ち望んだ女性」と直感したバーバラは、彼女をこっそりと観察しては毎夜日記に2人の交友を綴っていた。
計画的にシーバに近付き、親しくなっていくバーバラ。
異常なほどの執着をみせる。
ある日シーバは受け持ちのクラスの揉め事を自分では収拾できずバーバラに助けられる。
シーバは自信をなくすがバーバラに励まされる。
お礼にバーバラを自宅に招待することに。
バーバラはおしゃれをしていそいそと訪れる。
これが場違いで、ここでのバーバラはあわれ。
しかし、シーバの家庭生活を覗いたことは、友情を深めていく確信となる。
シーバは大学在学中に教授と略奪結婚。
父親のような年代のさえない夫 リチャード。
シーバは幸せな結婚生活を送る傍ら、満たされい“何か”を探し求めていることをバーバラに告白する。
画に書いたような中流家庭ではあるが甘やかした娘とダウン症の息子があり、家庭生活も頑張っているシーバ。
夫の前妻をも交えた大勢の集まりににも一人で大奮闘している。
シーバは美術の個人教授をするうち、その教え子とスキャンダラスなロマンスに墜ちる。
その関係をバーバラに知られてしまう。
2人の関係に気づかなかった自分を呪ったバーバラは数日後、シーバをパブに呼び出して、すべてを告白させる。
秘密を握ったバーバラとシーバの間には、微妙な共存の関係に陥る。
罪(児童虐待)を犯したものとそれを知りながら黙認している罪。
バーバラの友情は支配欲にまで膨張し、自分のペットの死までも悲しむことを強要する。
積年の孤独に心を蝕まれた老女の妄想と暴走。
孤独は人を病ませるね。
幸せな家庭がありながら道を踏み外していくシーバが、いらだたしい。
若く、うつくしく、あぶなげ。
ケイト・ブランシェットは相変わらず綺麗です。
いまや職を失ったバーバラは次の相手の模索をはじめる・・・・。
シーバの件の前にもある一人の女性に近づかないよう判決を受けているというのに。
バーバラは魂の充足を求めて、どこまで彷徨うのでしょうかね。
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100万部をこえるロングセラー。梨木香歩 「西の魔女が死んだ」の映画化。
恥ずかしいが、この短編集も、過去にラジオドラマ化されたこともあったのを知らずにいた。
中学生になったばかりのまいは学校へ行くのが嫌になり、ママの提案で田舎のおあちゃんのもとでひと夏を過ごすことになる。
魔女の血筋を引くというおばあちゃんの暮らしは自給自足。
庭で大量のワイルド ストロベリーのジャムを薪を焚きながら作るシーンは印象的。
米国人ではあるがターシャ・テューダーと同じ生き方だ。
ここで魔女というのは物事の先を見通す力を持つということ。
しかし洞察力を働かせて生きるというより、今ここにある現実はつぎつぎと変化をしているしそれを楽しんで生きていると語る。
野菜やハーブを育て、昔ながらの知恵を活かしながらの生活は、まいにとって新鮮に感じられた。
まいの「おばぁちゃん大好き」 と おばぁちゃんの 「I know」 で穏やかな学びの日々が流れる。 祖母の孫に対する深い愛情が溢れている。まいを全面的につつみこんでくれる。
この設定はとても恵まれたケースである。
このようなおばぁちゃんのあることの、幸せは大きい。
「おばぁちゃん、人は死んだらどうなるの?」 と祖母と孫が死についての会話が出来る。
課された“魔女修行”は、早寝早起き、食事をしっかり摂り規則正しい生活をするという生活の基本。
1ヶ月間の魔女修行は すなわち自立修行にほかならない。
まいが近くの男(おばぁちゃんの隣人)がどうしてもなじめなくて、憎んでいるのに、おばぁちゃんは大切に思っていることに腹を立てる。
まいの態度におばぁちゃんはつい、まいをぶってしまう。
まいは 「おばぁちゃんだって、私の言葉に動揺したじゃない!」 と一矢を放つ。
孫にわかってもらえない。
おばぁちゃんの苦悩は、ひとりタバコをすっているシーンでよく表れていた。
この時のしこりを残したまま、親子は3人で住むことになり、おばぁちゃんと別れる。
それから2年後、おばぁちゃんの死の知らせを受ける。
ここでもうひとつ成長するまいがいる。
おばぁちゃん役のサチ・パーカーはシャーリーマクレーンの娘だって。
バケツにシーツと石鹸を入れて、足で踏んで洗ったシーツをラベンダーの上に広げて干す2人。
まい役の高橋真悠はとてもよい。
おさえた演技、声、話し方すべて良い。
仙台のスプラッシュというグループに属していて映画もドラマも初めてらしい。
そういえば東北の人のちょっと重い感じ?
全くの私の独断だけど。それが軽くなくていいんだけれど。
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第80回アカデミー賞受賞ということで
シネパラダイスに見に行ってみた。
あらすじ
20世紀初頭のカルフォルニアを舞台にしがない鉱山労働者が石油開発によって富と権力を手に入れてゆく姿を描く。
一攫千金を夢見るダニエル・プレインヴューは、幼い1人息子を連れて石油の採掘を行っていた。
ある青年から、「故郷の広大な土地に石油が眠っている」と聞いた彼は、パートーナーのフレッチャーと共に米西部の小さな町、リトル・ボストンに赴き、安い土地を買占め、油井を掘り当てる。
しかし、油井やぐらが火事になり、幼い息子は聴力を失う。
精神に混乱を来した息子を、プレインビューは彼方の土地へ追いやってしまう。
アメリカン・ドリームを我が物にした主人公の野心と欲望を描いた。
欲望にまみれ、人間不信の主人公には、血や心で繋がる人間よりも富と権力を選んだ。夢の実現は孤独との引き換えになる。
音楽が凄い。
印象的だった。
こういうBGMもありか・・・と。
ダニエルがひとり鉱山で堀り続けるシーンでは無機質な音が鳴り続ける。。
特に油井の火災シーンは、登場人物の恐怖と絶望を音楽が代弁しているようなおどろおどろしさ。
フィナーレでダニエルが「これで終わった」と崩れこんだ時に初めてメロデーを奏でる。
大地から噴出す石油は、まるで欲望と言う名の血のように主人公の魂を毒していく。強欲、誘惑、腐敗、欺瞞といったあらゆる悪徳を糧にして、人との共存が不可能なモンスターへと化していく。血塗られた破滅の予感を、密かに漂わせながら・・・・・。
と解説にはあるが、
決してきれいなアメリカンドリームではなく、現代は、多かれ少なかれダニエルのような軌跡(悪徳)を経てきたのではないだろうか。
オイルをとりまく世界 そのものがモンスターであるような気がする。
ダニエルは利己的な欲望によって、これ以上ない富を手にしたが、ある意味犠牲者であったのかとも・・・。
これは極論ですかね。
大いに哀しみを感じました。
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熊本近代文学館友の会の総会と佐木隆三講演会。 14:00~15:30
入会して初めての総会。総会は主に決算報告と今期の事業計画など。
進んで出席と言うわけではないが様子を見るつもりで・・・・。
やっぱり10名余の人が集まっているだけ。
「何時もこんなもんですからすすめます」ということだが余りにも規模が小さい。
もっと会員が増え、多くの人の参加があればと思う。
ところが、佐木隆三氏の講演が始まる時間になると、どんどん人が増えて、椅子も足りなくなり3階会議室は130以上の人で一杯になった。
佐木隆三氏は北九州市立文学館長
現実の事件に基づいた犯罪小説を数多く手がけた。
余りにも有名な、立願寺温泉で犯人が捕まったという「復讐するは我にあり」は直木賞を受賞。その他多々あり社会派作家の第一人者として活躍中。
「裁判傍聴業」といわれていると苦笑していられたが・・・・。裁判にこだわり続
けるわけは、事実をひたすら見つめるしかないから、また被告人が丸裸にされて見えてくるものがあると。
光市の母子殺人事件もすべての裁判を傍聴。
21名の弁護団について、被告人のウソを許しているという批判も。
たんたんと重い口調で語られ、とどまりそうも無い様子。
この事件についてはこの辺で語るのを止めたいとのことで、後は質疑の時間になった。
一人の人の「死刑についてどう思われますか」といきなりの重い( というか)質問にしばらくの沈黙があって、「死刑には反対してきたが、こういう人間は死刑にするしかないではないかとおもうようになってきた」 と。
また、裁判員制度についての質問には、司法の中に国民の健全な社会常識を反映させるということ。これまではそれがなかった為ではないかと思うと。
法律の専門家が延々と論議を戦わせているだけの裁判の長期化がある。
3日間で出来ないことは無いと思うとも。
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『ヴェロニカ・ゲイン』という実在の人物を
ケート・ブランシェットが演じたTV映画(NHK衛星第2)を見た。(2003年アメリカ)
あまりテレビを見ないので、番組表も見ない。
ところがページをめくっていって最終ページを
ちらとみると、劇映画の欄があり太字の題名よりケート・ブランシェットのほうが先に目に入ってしまった。
ケートは好きな女優。
偶然というか、これが目に付いたのは神の
思し召しと思い昼間から午後9時を楽しみにした。
アイルランドというと私にすぐ思い浮かぶのはIRA.。なんとなくイメージは暗い。
冒頭での10代の子供たちの麻薬に犯された現実、幼い子供たちの注射器で遊ぶシーンは幼児を持つゲリンの正義感と使命感をかきたてる。
麻薬犯罪の恐ろしさをまざまざと見せ付ける。これが実話であることの恐怖。
ヴェロニカ・ゲリン(1959年7月5日~1996年6月26日),という人
犯罪組織を相手に戦って殺されたアイルランドのフリージャーナリスト。ダブリンに生まれ
サンデー・インディペンデント紙の女性記者として活躍した。
麻薬組織について調査し、ボスのジョン・ギリガンにも会うなど非常に精力的な取材活動を行った。実際現地にのりこんでインタビューした事実を記事にするというだけに記事の評判もあがり、しかし危険も多い。
多くの脅しを受け、銃撃されてもなお紙面を通して奮闘し続けたが、1996年6月26日にダブリン郊外の交差点で信号待ちをしている間に、組織の者によって至近距離から6発の弾丸を撃たれて死亡した。
ゲリンの死によって麻薬撲滅の機運が高まり、アイルランド議会も憲法を改正し、大規模な捜査が行われた。
その結果、150人以上が逮捕され組織の資産も没収された。別件でイギリスに捕らえられていたギリガンも、2000年2月3日にアイルランドに送還された。
ヴェロニカ本人の生き方がセンセーショナル。命と引き換えになってしまった改革。
ケートは強い女性を演じるのがうまい。ヴェロニカとケートが重なって見えてしまう。
強いけど可愛い。
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さわやか大学の卒業式。
1年は早かった。毎週木曜日にでかけた熊本県総合福祉センター。
さわやか大学とは
『財団法人 熊本さわやか長寿財団』
熊本市南千反畑町3-7
096-354-3083
の運営する事業で
高齢者の生きがいと健康づくりの推進を目的に平成3年11月1日設立された。
県、市町村、企業等からの寄付により基本財産形成している。
・健康と生きがい作りの応援
・日々の暮らしの応援 を目的としている。
1年を35の講義と自主研究5講座を受けた。自主研究は主にボランティア活動をした。
生きがいの再発見
仲間づくり
積極的な社会参加 を通してなるべく社会の厄介にならないように、すこしでも長く元気でいてほしいとの願いがこもっているといえる。
というのも熊本県は高齢化が他県より7年早く、平成12年には65歳以上が21%を超える超高齢者社会に突入した。
お絵かきや粘土細工にはじまり、童謡をうたったり、体操したり、バス旅行にいったりと小学校でやるようなこともやってきた。あるときは童心に返り楽しく過ごした。仲間もできた。
たとえお遊び仲間でもいいじゃないの。すくなくとも引きこもりの防止にはなる。
神奈川にいるときは、自分が高齢者ではなかったし、いわゆるいい意味 (今思うといい意味ではないかも・・) での個人主義を通してきた。自分のことは自分でするよと。そして自分の時間に侵入されるのがなによりイヤだった。
神奈川ではこのような施策があったのだろうか。また知ろうともしなかった。
熊本に来て高齢者の仲間入りをしたわけで、このような事業あることは驚いたし、恵まれているなと思った。
今後の生き方を考えるよすがにはなったし、なにか自分がお役に立てることがあればやってもいいなと思えるのも、私にとって大きな変革ですよ。
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1998年に公開された『エリザベス』の9年後の続編。文字通りイギリスの黄金時代を築いたエリザベス1世の物語。女王のひととなりを2時間強にまとめるということの困難さを思ってしまう。総ての芸術が一つにまとまって作品となる。
前作に引き続きイングランド女王、エリザベス女王1世を演じるのは、ケイト・ブランシェット。
貫禄。声もいい。
すっかりファンになった。
他の映画も見なくっちゃ。
女王の心を捕らえる航海士、ウォルター・ローリー役の、クライヴ・オーウェンもまた良かった。
物語は面白く、衣裳や宮殿のセットなど絢爛豪華な映像美も感嘆するばかり。
後半で展開するスペインの無敵艦隊と真っ向から闘うバトル・アクションでは、敵を迎え撃つタイガー号を実物大で製作したという大迫力。
ケイト ブランシェット プロフィール
1969年、メルボルン生まれ。国籍 オーストラリア。父親はテキサス州出身のアメリカ人。ケイトが10歳の時に亡くなっている。母親はオーストラリア人。兄と妹がいる。メルボルン大学で美術史と経済学を学び、メソジスト女子カレッジでは演劇部の部長をしていた。1992年オーストラリア国立演劇学園を卒業後、舞台女優としてキャリアを始める。
『エリザベス』でエリザベス1世を演じゴールデングローブ賞 主演女優賞(ドラマ部門)を受賞。 一躍世界のトップに躍り出る。
その後も、『理想の結婚』 『ギフト』 『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ などに出演。
その演技力で実力派女優としての地位を確立。
2005年に『アビエイター』のキャサリン・ヘプバーン役を好演し、アカデミー助演女優賞を受賞。なんとなくキャサリン・ヘプバーンを彷彿させるものがあるね。これはなんとしても見たい映画。
2006年公開の『あるスキャンダルの覚え書き』、2007年公開の『エリザベス:ゴールデン・エイジ』と『アイム・ノット・ゼア』でアカデミー賞候補となった。
2008年に夫のアンドリュー・アプトンとともにオーストラリアで最も権威ある劇団シドニー・シアター・カンパニーの監督に3年の任期で就任することが決定している。
また、同年4月に行われる「オーストラリア2020サミット」の文化芸術会議「Towards a Creative Australia(創造的なオーストラリアを目ざして)」の委員長に任命。
私生活
1997年劇作家のアンドリュー・アプトンとロンドンで結婚。2001年に長男、2004年に次男を出産。2008年4月には第三子を出産予定。
2000年代前半まではイギリスで暮らしていたが、現在は家族と共にシドニーで暮らしている。
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世界各地で絶賛 ピアノ界の貴公子 Andrew Von
Oeyen
2008年2月23日(土)7:00pm開演
熊本県立劇場コンサートホール
第一部はショパン・プログラム
全部続けて演奏されたので、拍手は1部が終わってからだった。
15分の休憩の後
第2部のピアノで旅するハンガリー
よくわからない私が感じたことは、華麗さと若々しさ。低い音、高い音、激しい音、優しい音すべてが非常に美しかった。
双眼鏡を忘れないで持っていったので、覗くと白く長い指がしなやかに、魔物のように鍵盤を踊っていて、圧倒されてしまった。
アンコールが鳴り止まないので4回も応えてくれ、堪能した。
日本でのデビュー開催6都市の
MESSAGE と日程
私のリサイタルにご来場くださること、嬉しく思います。今日本でのデビュー・コンサートにわくわくしています。
以前に、何度かこの魅惑的な国日本を訪れましたが、今回の6都市でのリサイタルは、まさに私の日本でのピアニストとしてのデビューとなります。
また、そのほとんどは、初めて訪れる都市です。長年、私は音楽仲間から、彼らの日本公演での素敵な話を聞くばかりでした。今回の日本公演で、彼らと分かち合える素晴らしい想い出を、作りたいと願っています。
ショパン、リスト、バルトーク、リゲティによる今回のプログラムに関してですが、これらの偉大な作曲家と作品の間のテーマやスタイル、文化的なつながりに留意するだけでなく、曲想、色調、様式や形式にも配慮して並べてみました。と同時に、聴衆の皆様に、有名な曲でもそうでない曲でも、色とりどりの、詩的で魅力的な作品をバランスのとれた“メニュー”としてお聴きいただくことが、重要な事でした。私のこれらの作曲家たちへの愛情と彼らの音楽を、皆様と分かち合う事を楽しみにしております。
| 日程 | 会場 | 開演時間 | 主催 | チケットお問合せ先 |
|---|---|---|---|---|
| 2月17日(日) | 札幌コンサートホールkitara(2回公演) | 13:00/ 17:00 |
道新文化事業社他 | 道新プレイガイド TEL.011-241-3871 |
| 2月18日(月) | 武蔵野市民文化会館 | 19:00 | (財)武蔵野文化事業 | (財)武蔵野文化事業団 TEL.0422-54-2011 |
| 2月19日(火) | 横浜みなとみらいホール | 14:00 | 神奈川芸術協会 | 神奈川芸術協会 TEL.045-453-5080 |
| 2月22日(金) | 東京 紀尾井ホール | 19:00 | インタースペース他 | チケットスペース TEL.03-3234-9999 |
| 2月23日(土) | 熊本県立劇場コンサートホール | 19:00 | オフィス・ムジカ | オフィス・ムジカ TEL.096-355-7315 |
| 2月24日(日) | アクロス福岡シンフォニーホール | 14:00 | オフィス・ムジカ | オフィス・ムジカ TEL.096-355-7315 |
プログラム
<第1部> オールショパンプログラム
即興曲 第1番 変イ長調 op.29
ワルツ へ短調 op.72/変ニ長調 「子犬」 op.64-1
スケルツォ 第2番 変ロ短調 op.31
エチュード 第10番 変イ長調 op.10-10/第4番 嬰ハ短調 op.10-4/第7番 嬰ハ短 調 op.25-7
バラード 第4番 へ短調 op.52
<第2部> ピアノで旅するハンガリー
リゲティ ‘メスト’(ベラ・バルトークへの追憶)「ムジカ・リチェルカータ」より
バルトーク アンダンテ・ソステヌート 「3つの練習曲」 op.18より
リスト ‘森のささやき’「2つの演奏会用練習曲」より S.145-1
リスト ‘オーベルマンの谷’「巡礼の年報第1年・スイス」より S160-6
リスト ‘メフィストワルツ’第1番 (村の居酒屋での踊り) S.514
インタビュー ちょっとだけ
ピアノから解放されている時間で、好きなこと、趣味は?
「 僕たちピアニストは、人生の大半をひとりでピアノと向き合っている。だから、ピアノから離れている時間、一番好きなこと、大事なことは、知り合いでなく親友と共に過ごすことだね。
趣味のうちのいくつかを挙げると、読書、映画、カヤック、スキー、料理、家の修理、パーティーの主催、パリの別荘にある愛車でのドライブ、エキゾチックな旅、冒険(とりわけトロピカルな気候は大好き)ってとこかな」
好きな食べ物は?
「フレンチと日本食。両者のフュージョンもいいね」
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このところすっかり足が遠のいていた熊本近代文学館に行った。「熊本近代文学館友の会」 に入会申し込みにである。
「漱石『草枕』『二百十日』百年展」 が18年秋に
催されたとき、その関連イベント一つ、「連続講座 原稿で読む 野分 の世界」に出席した。
漱石の生原稿のコピーを読んで先生に解説していただくというもので、なかなか楽しかったので、以来友の会に入って、少しでも、文学というより本の傍にいられたらと思っていた。
ところが申し込みをしないでいるうち1年が経ってしまっていたことに驚いた。
恵子宅へ行くとき図書館の前を通るのに、すっかりご無沙汰してしまっていたわけだが、
汀女さん、漱石さん、それに山頭火さんは健在であった。
汀女さん 着物姿がしゃきっと決まって・・・・。
手にされているのは梅の小枝でしょうか。
ネコを抱いた漱石先生
湿気のせいかちょっとそっくりかえって居られる。
山頭火さんはどちらへ?。
これら熊本ゆかりの文豪たちは、紙製で御船高校の図工の先生の作ときいたが小泉八雲さんもあって、どこかに貸し出し中とか。ガラス窓の外は加瀬川畔の豊かな緑がひろがって、落ち着いたロビー。
ときどきこのソファーで静かに読書をしている人を見かける。
これ以上の環境はなし。
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ドリームバンド・フェスタ は
第1部 中高生バンド
第2部 一般バンド(勤め人)
第3部 ドリームチーム&合唱団
県内の中学・高校生による選抜チームと大学生・社会人選抜チームが演奏した。
「今回参加いただく方々は、歴史的猛暑に見舞われたこの夏から練習を積み重ねてきました。その研鑽ぶりが、県立劇場のホールを溢れんばかりの感動に包み込んでくれるものと確信しています」
とは、葉山館長の挨拶。
3部の合唱団は総勢200人。
オーケストラに声が打ち消されることなく、歌詞も聞き取れたのは圧巻。
指揮者 山下 一史 2004年4月から仙台フィル ハーモニー管弦楽団指揮者
ゲストアーティスト サキソフォン 須川 展也
クラシックのサックスは始めて聴いた。
やわらかい音色でやさしくうたっている。
魅了されて、
CDを1枚購入する。
さて、選曲に迷い、
『Cafe 1930~ピアソラに捧ぐ~』 にした。
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EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2007 全国ツアー熊本公演 熊本市民会館
矢沢永吉 コンサートに行った。
ひとことで・・・楽しみました。
どうしてどうして、なかなかのもんですよ。(ゴメン エェちゃん)
キャロルを解散してここまでやってきた。
横浜や葉山にいたころは、矢沢永吉なんてつっぱりにいちゃんのコンサートに行くなんて
思いもかけないことだった。(ゴメン エェちゃん)
それが、まだ暑い夏のころ、新聞広告を見ていってみようかとふと思った。
なんか、都会の空気に触れたいと思ったのかもしれない。
都会の風を運んでくれるだろうとの思い。
午後6時過ぎ家を出てバスで市役所前でおりて、お城の長塀に沿って、ライトアップの熊本城を見ながら市民会館の前に出ると長蛇の列。
あれと思っていると立ち見の人の列だった。
大きなトランポが広場をふさいでいる。その車体のデザインがまことにスマート。
チケットのある人は中央の入り口からという。
ふとみると立て札があり
「以下のチケットはオークションにかけられたもので、無効です」と
番号が5つぐらい書かれている。
フーンそういうこともあるのかと感心して前に続いていくと、
「すみません」とバッグの中を調べられた。カメラは入っていませんねと念を押される。
フーンとまた感心して席に着く。お茶を飲んでいると、
「飲み物は中ではだめです」というのでロビーへ出て飲んだ。
最後に立見席の人たちが入ってきて最後部に立つと開演が近くなった。
するとえいちゃんコールが始まりどんどん高く大きくなって会館の中は割れんばかり。
それぞれえいちゃんタオルを肩にかけている。白のスーツに白のハットを着こんで
彼の人になりきっているのが2人いる。
えいチャンコールが頂点に達するかと思ったときライトがパっと消えて、登場!
もう、ものすごいというよりないよね。
怒涛というか爆発というか。
舞台装置は良くできていて、七色のライトの技術も相当なもの。
同じ装置がライトによってまったく違う情景になってしまう。
ロックのときは総立ちで手拍子とコール。バラードになるとパタと止んで静かになる。
観客というよりFANだよね。なれたもんです。
「えいちゃん、かっこいいゾ!」とさけぶひとがいる。
わたしもつられて立って手拍子を打っていた。しらずしらずにね。
ロックもバラードも特別凝っているわけじゃなく、素直な歌です。
アンコールは3度出て、歌い、最後にはあの白いスタイル。
ファンとともにあるというのがステージを見ていて感じるよね。
ファンと一体になって燃焼している感じ。
と、サービス精神旺盛。
そしてファンは歌にあわせてあのタオルを上にほうりなげる。
どこで投げるかはきまっているようだね。
7時に開演して終わったのが9時15分。アンコールに沢山歌うから長くなってしまうのよね。
休憩時間とらないで歌いまくり、踊り続ける体力に感心してしまうね。
といっても他の演奏のちょっとの間に、ステージのチェアーにかけて、1本たばこをすったのが、暗がりのなかに見えたね。
おわって、会館から交通センターへ2分歩いて、バスがまもなく来たので待つことなく10分ほどで、わがバス停に。歩いて5分、家に到着。
小さい都市はまったく便利です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A2%E6%B2%A2%E6%B0%B8%E5%90%89
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ニューオーリンズ復興支援チャリティ・ジャズコンサート 熊本公演
熊本テルサ 18:30開場 19:00開演
ニューオーリンズジャズソサイエティと熊本、鹿児島にあるYMCA,ワイズメンズクラブの共催で実現した。
渡辺真理チョーズン・フュウ・ジャズバンドによる演奏。 熊工OBの演奏もあった。
The Chosen Few Jazz Bandは70年代アンソニー・レイスン(通称チューバ・ファッツ)によりつくられたバンド。
2004年ピアニスト渡辺真理がその名前を継ぐ。チューバが加わるのが特徴。
演奏よし、ボーカルよし。すっかりジャズに溶け込
んで楽しい時を過ごした。
おもえば、2001年4月 『ワシントンから南部
へ アメリカ歴史の旅』
というツアー 14日間に参加した。
歴史の街々を南下し、最終着はニューオーリンズ。3泊し、丸2日間ゆっくり過ごした。
「とうとう来たぞ~ニューオーリンズ!!」 だった。
勿論あの「ブリザベーション ホール」で生演奏を聴いた。勿論リクエストは「セイント」
住宅街のバルコニーの美しいアイアンレース。
いままさに、満開のマグノリアの大木。
みんななくなってしまったんだよね?
ニューオーリンズ じゃなくて ヌオリン というのが正しいなどとおしゃべりしながら歩いていると、
通りから1歩入った小路でグループのストリート・ミュージシャンが演奏している。
私たちをみて日本人と判ったらしく、「浜辺の歌」を演奏し始めた。
みんなで声をあわせて歌ったことも懐かしい。
東京でのチョーズン・フュウ・ジャズバンドのパンフレット
熊本も同じプログラム のためUPしておく。
http://www33.ocn.ne.jp/~mintonhouse/mari.html
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よく晴れた秋の日。
空は真っ青でいよいよ高い。歯医者が11時に終わり桜橋を渡って城内に入る。 二の丸広場は広い。
県立美術館はお昼前にもかかわらず、たいへん人が
多い。
音声ガイド を借りて(500円)番号のある絵の前で説明を聞きながら廻る。絵に専念できるので良い。
絵のことはよくわからないが、線がきれい、色が美しく
ひき込まれる。
ピカソといえば、1997年スペイン旅行で
プラド美術館でみた「ゲルニカ」 の迫力が思い出される。山形から参加のおじさん2人組みはゲルニカ、ゲルニカとテンションがあがっていた。
遅い昼食を館内のレストランでとる。
ふだんは静かであろうと思われるが次々と人が入れ替わる。
外はさんさんとふりそそぐ陽光で明るく、まぶしい。
館を出ると
、二の丸広場は紅葉のきざしが見える。
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